文献[2]より筆者作成。2030年は文献[3]による案

ベストミックスは誰のため?

2015年7月6日

「ベストミックス」もしくは「エネルギーミックス」の議論が佳境に入っています。エネルギーミックスとは発電電力量におけるエネルギー源の配分(すなわち電源構成)のことを示します。一方、ベストミックスはよく「最適な電源構成」などと説明されます。しかし海外文献を調査するとわかるのですが、実は海外のエネルギー政策に関する議論では、energy mixという表現はよく使われるものの、best mix という表現はほとんど登場しません1

このことは国もさすがにうすうす気づいているのか、最近の審議会等の資料では「ベストミックス」はほとんど使われず、よりニュートラルな「エネルギーミックス」あるいは「電源構成」が用いられています。しかし筆者がウェブや新聞データベースで調査した結果では、依然として電力会社をはじめとする産業界の資料や政治家の発言でこの「ベストミックス」という言い回しが多用されています。さらにマスコミも同様で、多くの日本のメディアがこの用語を好んで用いる傾向にあります。

ちなみに米国や欧州連合(EU)の政府関係の資料では、エネルギー政策の文脈で “best mix” を用いたものはほとんど見られません。Washington PostやWall Street Journal, The Times, CNN, BBCなど海外有力メディアでも同様です。もちろんこの表現を使う記事や報告書は皆無ではありませんが、あったとしても再エネの中の配分であったり特定の設備でのベストなエネルギー配分だったりと、国全体のエネルギー政策の文脈で best mixという言葉が使われる例はむしろ稀なケースです。

このように、実は「ベストミックス」は限りなく和製英語に近い言葉であることがわかります。本稿では、この日本独自の概念である「ベストミックス」を取り上げ、そこに込められた「ベスト」の意味が一体何のために誰のためにあるのかを、国際比較分析から炙り出していきたいと思います。

電源構成の変遷の国際比較

他国のエネルギーミックス(電源構成)がどのようになっているかは、日本語でもさまざまな資料やデータが入手可能で、それほど目新しいものではありません。例えば政府が毎年公表する「エネルギー白書」でも、ドイツやフランス、米国などの単年の電源構成のグラフが示されています[1]。しかしここでは、他の文献とは異なる視点から分析を行います。すなわち、(i) 1990年から約20年に亘る電源構成の時系列変化を見る、(ii) VRE(変動性再エネ)の導入が進んでいるが日本ではほとんど取り上げられない国(デンマーク、ポルトガル、スペイン、アイルランド)の分析を行う、ことにあります。

図1〜4はデンマーク、ポルトガル、スペイン、アイルランドの電源構成を1990年から現時点で入手可能な最新の年次である2013年まで時系列で描いたグラフです。図1〜4を一瞥して明らかな通り、各国とも化石燃料や原子力(スペインの場合)を過去20年で徐々に着実に減らしており、その裏返しで再エネ(特に風力発電)を着実に増やしていることがわかります。

図1 デンマークの電源構成の変遷

文献[2]より筆者作成
文献[2]より筆者作成

図2 ポルトガルの電源構成の変遷

文献[2]より筆者作成
文献[2]より筆者作成

図3 スペインの電源構成の変遷

文献[2]より筆者作成
文献[2]より筆者作成

図4 アイルランドの電源構成の変遷

文献[2]より筆者作成
文献[2]より筆者作成
各国の時系列の変遷をより詳細に観察していきます。まず、図1のデンマークは原子力がないことに加え、国が平坦なため水力もほとんどないことが特徴ですが、過去20年間で電源構成を大きく変えてきたことがグラフから伺えます。具体的には、1990年には石炭火力が実に95%以上を占めていましたが、現在では40%にまで低減させています。さらに1990年代から風力発電を着実に増加させ、現在は風力だけで30%以上、バイオマスなどを含めると再エネ全体で50%を達成しています。デンマークの事例から学べることは、かつてほとんど石炭に依存していた国が20年かけて徐々に電源構成を変化させ、ついに一国の電力量の半分を再エネで賄うまでに成長させることは現実的に可能だ、ということでしょう2。デンマークはさらに2050年までに電源構成における再エネを100%にする意欲的な国家目標を打ち出しています。

一方、図2のポルトガルは元々水力発電が豊富で1990年代には40%近くを占めていましたが、2000年代後半以降急速に風力を伸ばし、現在は再エネ全体で60%の導入率を達成しています。なお、水力発電の年ごとの増減が目立ちますが、これは渇水年と豊水年の差が激しいためです。図3のスペインも同じイベリア半島ということでポルトガルと似た傾向を見せますが、原子力を保有しており、その比率を1990年の35%から2013年の20%へと徐々に漸減させていることがわかります。また、風力だけで約20%と原発と肩を並べ、再エネ全体だと40%の導入率をすでに達成しています。

図4のアイルランドは国が平坦で水力資源があまり豊富でないため、再エネを増やすとしたら風力発電しか選択肢がほとんどありません。それでも風力だけで17%以上、他の再エネも併せると20%の導入率を達成しています。アイルランドは北海道とほぼ同じ面積でほぼ同じ人口でほぼ同じ消費電力量ですが、2020年までに再エネ導入率40%を国家目標として掲げており、その目標は図4の過去の履歴を外挿すると、決して荒唐無稽ではなく十分現実的な目標であることがわかります。

ここまでは、デンマーク、ポルトガル、スペイン、アイルランドといったVREの普及に積極的な国を取り上げましたが、これらの国だけが特殊な政策を行っているわけではありません。図5にドイツ、図6に欧州(ただし経済協力開発機構(OECD)に加盟している欧州24ヶ国の平均)のグラフを示しますが、ドイツや欧州全体も上記の4ヶ国ほどではないものの、2000年以降少しづつ再エネ(特に風力と太陽光)の比率(導入率)が増加しており、電源構成を徐々にかつ確実に変革させてきたことが読み取れます。このように、再エネを増加させ化石燃料を減らす努力を行っているのは何も限られた特殊な国だけの試みではなく、世界的な傾向となっています。

図5ドイツの電源構成の変遷

文献[2]より筆者作成
文献[2]より筆者作成

図6 欧州 (OECD加盟25ヶ国) の電源構成の変遷

文献[2]より筆者作成
文献[2]より筆者作成

「ベストミックス」の「ベスト」って何?

ここまで海外の動向を見てきましたが、比較のため図7に日本の電源構成の変遷を示します。日本の場合、2011年の原発事故が発生したため、2011年を境に断絶的な変化が発生していますが、1990年から2010年までは多少の波があるものあまり目立った変化はありません。2010年までの特筆すべき変化としては、石油を減らす代わりに石炭を倍増させた、ということくらいです。

図7 日本の電源構成の変遷

文献[2]より筆者作成。2030年は文献[3]による案
文献[2]より筆者作成。2030年は文献[3]による案
図7では文献[1]による2030年の電源構成の案も提示していますが、このように過去の変遷の延長線上に置くと明らかな通り、実はこの配分は、再エネが若干増えて石油が石炭に置き換わった以外は1990年の構成比とほとんどあまり変わらないことがわかります。これは図1〜4のように10〜20年かけて電源構成を劇的に変革してきた国々とは真逆の方向性です。この1990年代(2030年から振り返ると40年前!)とほとんど変わらない電源構成が、「ベストミックス」と呼ばれているものです(さすがに経産省自身はそう呼んでいませんが)。これは誰にとっての何のための「ベスト」なのでしょうか?

今回紹介した3ヶ国だけでなく、多くの先進国がここ10年で(先見性のある国はここ20年で)電源構成を変える努力をしてきました。それは気候変動緩和(CO2排出抑制)やエネルギー安全保障(エネルギー輸入依存度低減)の理由からです。電源構成は本来、めまぐるしく変わるグローバル環境に対応するために、将来を見据えたエネルギー戦略の中でダイナミックに変化していくものです。これに対し、日本で流布する「ベストミックス」という表現は、「ベスト」の名の下にこのダイナミックな変化から目を背け、変革を拒み現状(もしくは過去の成功体験)を固定化させる危険性を孕んでいます。このままでは、「変化しないことがベスト」というメッセージを日本が発信しているのだと、国際社会から取られてしまう可能性もあります。

日本以外の国では「ベストミックス」なる電源構成は存在しません。あるのは(主に再エネの意欲的な)ターゲットであり、それに向かって前進するための実現可能性のあるロードマップです。ターゲットは通常、政府が設定し、ロードマップは産業界が競い合って提案します。さらにターゲットは定期的に見直されダイナミックに変わって行きます。それ故イノベーションが促進されるのです。日本にこのような仕組みや機運はあるでしょうか? このように電源構成の時系列の変遷を国際比較すると、日本の特異性が如実に浮かび上がります。

なぜ国際比較を行うのか?

蛇足になりますが本稿の最後に、なぜ国際比較分析が重要かについて少し説明したいと思います。筆者は現在いくつかの国際機関の分科会や作業部会に参加し、各国の研究者・実務者と協力しながら再エネや電力系統の国際比較分析に関する研究を行っています。国際比較は、過去および現在の統計データを適切に計測して分析する上で非常に重要です。

そもそもデータを正しく計測し公表すること自体も非常に重要な使命ですが(統計データが正しく計測されなかったり公表されない国も多いのです)、さらにそれを客観的分析したり評価手法を新たに提案したりすることも必要です。例えば筆者の分野とは異なりますが、GDPデフレータ(実質GDPに対する名目GDPの比率で物価変動の程度を表す指数)やジニ係数(所得分配の不平等さを測る指標)などと聞けば、客観的な比較評価の有用性が(万能ではないが有用であることが)はおわかり頂けると思います。

海外情報を紹介したり国際比較分析を行うと、「日本は海外とは違う」と日本特殊論がよく持ち出されます。しかし、今回に限らずさまざまな国を比較検討した結果明らかになることは、どの国もさまざまに異なる環境があり、それにもかかわらずさまざまな努力やソリューションを模索して問題解決を図ってきた、ということです。国際比較は何も画一的なグローバルスタンダードを強いたり他国の物真似をするためにあるのではなく、むしろ「多様性」を尊重しアイディアを出しあうことにあります。さまざまな角度から比較分析をすることによって過去の要因を推測し、将来の方向性をポジティブに模索することが国際比較の本来の意義なのです。

以上、議論してきたように、我々日本人が現在盛んに議論している「ベストミックス」とは実は和製英語に近く、その概念自体が世界的に見ても稀なものだということがわかりました。また、「ベスト」の名の下に現状(もしくは過去の成功体験)が固定化され、「変化しないことがベスト」となってしまう可能性もあることもわかりました。しかも、このこと自体に多くの人が気づかないまま将来の電源構成を議論しているとしたら、事態はより深刻です。とかくエネルギー問題に関しては、我々が日本語で当たり前のように議論していることが、実は世界から隔絶された情報鎖国の中での特殊な議論かもしれない、ということは常々注意しなければなりません。

注1:本稿は、「環境ビジネスオンライン」2015年6月8日号に掲載されたコラム『ベストミックスは誰のため?』を加筆修正したものです。原稿転載をご快諾頂いた環境ビジネスオンライン編集部に篤く御礼申し上げます。

注2:このデンマークの努力の技術的な要因分析については、拙著「日本の知らない風力発電の実力」(オーム社)あるいはT Ackermann編著「風力発電導入のための電力系統工学」(オーム社)をご覧下さい。

参考文献

[1] 経済産業省資源エネルギー庁:「平成25年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2014)

[2] International Energy Agency (IEA): Electricity Information 2014 (Web version)

[3] 経済産業省総合資源エネルギー調査会基本政策分科会長期エネルギー需給見通し小委員会第8回資料3「長期エネルギー需給見通し骨子(案)」, 2015

2015年7月14日シノドス転載
2015年7月14日シノドス転載
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1989年3月、横浜国立大学工学部卒業。1994年3月、同大学大学院博士課程後期課程修了。博士(工学)。同年4月、関西大学工学部(現システム理工学部)助手。専任講師、助教授、准教授を経て2016年9月より京都大学大学院 経済学研究科 再生可能エネルギー経済学講座 特任教授。 現在の専門分野は風力発電の耐雷設計および系統連系問題。技術的問題だけでなく経済や政策を含めた学際的なアプローチによる問題解決を目指している。 現在、日本風力エネルギー学会理事。電気学会 風力発電システムの雷リスクマネジメント技術調査専門委員会 委員長。IEA Wind Task25(風力発電大量導入)、IEC/TC88/MT24(風車耐雷)などの国際委員会メンバー。主な著作として「日本の知らない風力発電の実力」(オーム社)、翻訳書(共訳)として「洋上風力発電」(鹿島出版会)、「風力発電導入のための電力系統工学」(オーム社)など。

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