オバマ政権のクリーンパワー計画とは?米国政府もエネルギー転換へ

日本には不思議と保守党政権下なら米国の温暖化政策には親近感を持ち、民主党政権下ならそれを冷淡に見る傾向がある。産業保護の視点だとしても長い目で見ると危険でもある。8月3日、オバマ政権が発表したクリーンパワー計画を日本はどう見るべきか?論点を整理してみた。

「クリーンパワー計画」の概要

      • 米国環境保護庁(EPA)が各州に電力からの排出削減目標値を提示
      • 各州がその実行計画を立案し、2018年までにEPAに提出
      • 州が提出しなければEPAが当該州で削減計画を実行
      • EPAは多様なインセンティブを州に提供する。ガス化シフト、再エネ拡大、省エネ計画、排出量取引の設定等
      • 早くやればやるだけ支援策を活用できる
      • 2022年から30年までに火発CO2を32%削減(05年比)
      • これにより米国の国際公約を実現(GHGを2005年比で2025年26〜28%削減)
      • 随伴メタンの処理
      • 石炭火力の効率改善等で炭坑依存地域への支援
      • 建設途上の原発は州の排出削減目標値に算入できる

単なる石炭規制ではない、エネルギー転換を目指す新政策

この1560ページに及ぶ浩瀚な政策パッケージは単なる石炭火力を規制するものではない。これは石炭火力からの排出を規制し、石炭以降の米国のエネルギーを低炭素化するという全く新しい包括提案である。いわば米国版「Energiewende」(エネルギー転換=ドイツが進めている再エネへの転換政策)だ。

多くの専門家が論じている通り、石炭火力は市場で駆逐されつつある。この過程を早くかつ無理なく進めるというのがポイントだ。さらに、昨年まで「橋渡し燃料」(bridge fuel)と位置付けられていた天然ガスもその位置付けを取り消し、米国が再エネの主流化に向かうことを明示した。市場でガスが石炭を駆逐しているが、そのガスですら優遇しない点が重要である。現に、今回の政策発表の直後、全米天然ガス同盟(American Natural Gas Alliance)は失望の声明を発表し、いくつかの新聞は「最大の敗者はガスだ」と書いた。

一方、この包括政策を、太陽光発電の全米企業団体は「歴史的な政策」と評価風力も同様だ。要するに、米国は石炭はおろか、ガスをも通り越して、再エネの主流化を目指すということだ。つまり石炭を規制すると同時に、再エネと効率投資を拡大する号砲だと見られている。

州が主体でイノベーションを推進する体制

この政策パッケージは州が責任者になって推進する点に大きな特色がある。これは大気清浄法によって米国環境保護庁(EPA)に与えられている州との連帯行動に由来する。EPAは各州での削減ポテンシャルを綿密に調査して算出し、それに基づき各州が削減するべき数値を合意する。専門家はこのポテンシャル計算は現実的で無理なく実現できると評価している。

これ以降は州が主体となり、州とビジネスと市町村の3者が協力して革新的政策を進めることになる。EPAは多様な支援策、柔軟性インセンティブを提供する。ガスよりも再エネが優遇される。そしてキーワードは「柔軟性」だ。早期に実行したら優遇措置が与えられる。州と市町村と企業は、地域の特性に合った再エネ導入へのイノベーション、効率化投資を存分に行える仕組みだ。特にコスト・効果性のある措置を州が独自の判断で採用するよう誘導している。

また、電力の信頼性(reliability)を損なわないための措置も用意されている。なお、州がこの政策を拒否する場合、政府が予定した施策を実行することになっている。石炭依存州にも特別の配慮が行われる。既存の原発にも配慮が行われている。

日本として注目すべき点は、地域社会や草の根団体を関与させている点だ。周知のとおり、米国では連邦レベルでは党派対立で国政がマヒしているが、市や郡のレベルでは党派を超えて環境運動が活発だ。これはイクレイ(ICLEI持続可能性を目指す自治体協議会)での米国の地域社会の活動ぶりからも窺われる。分散電力を推進するのだから当然といえば当然だ。州政府を責任者とし、地域社会が主体性を持ち、一斉に盛り上がる…というイメージだ。エネルギー転換に当たり地方組織を関与させているドイツの例に学んだのかもしれない。

炭素市場の導入も視野に

この包括的支援措置の中には排出量取引制度(C&T=キャップ&トレード)も含まれている点が注目される。周知のとおり、米国では2010年から連邦レベルでC&Tを導入しようとしたが、結局保守党の反対で実現しなかった。しかし州レベルではすでに10州で共同の排出量取引(RGGI)が実行されている[1]。この制度の下では、2005年以来排出を40%も減らし、電気代も減らして大きいな経済利得を生んだとされている。

2003年4つの州で始まった排出量取引は参加する州を増やしている。今や炭素市場は米国の人口の25%の炭素経済をカバーしている。今回の包括支援策の中で推奨される結果、米国は一気に「炭素市場国家」になる可能性がある。排出量取引制度をより広範な州で共同して実施すると、よりコスト・効率的に排出を削減できる。それはとりも直さず、コスト・効率的に再エネを導入することに繋がる。要するに、当局がコストを最小化しつつエネルギー転換を実現しようとしているということだ。連邦政府レベルの炭素市場を設置する困難さを迂回して当初の目的を達成しようとしているのだ。

エネルギー転換とクリーン投資の新時代がやってくる

以上のように見てみると、この包括政策は単に石炭火力を規制するだけでなく、エネルギー転換を起爆し、技術革新とクリーン成長のダイナミックな新時代を生み出す可能性がある。オバマ政権はそれを企画しているのだ。ホワイトハウスのファクトシートには「風力と太陽光にアグレッシブなドライブをかけ、2030年30%以上の再エネを目指す」とある。スターン卿は「米国は経済の成長を維持しながら温室効果ガスの減少を実現する決意だ」と評している。

米国が国際交渉のリーダーシップをとる構え

今回の政策パッケージは国連交渉での米国のリーダーシップを強化するだろう。これまで米国は化石燃料を脱却し低炭素システムに向けてエネルギー転換を図るという明示的なメッセージを世界に提示したことはなかった。来たるべきパリのCOP交渉で主導権をとり、世界の温暖化防止運動を成功させようとする強い姿勢が窺われる。

市場が石炭に退場を求めている…

有力な経済専門の報道機関であるブルームバーグ社の社主であるマイケル・ブルームバーグ氏(前ニューヨーク市長)は「石炭を殺したのは市場であってオバマではない」という自筆の記事[2]を掲載した。なお、同じような思考は多数の専門家が論じている[3]

ここで彼はこういっている:

…このオバマ政策の批判者たちはこの政策を天地創造を覆すような大惨事を引き起こすと騒ぎ立てている。石炭産業を破壊し、雇用を喪失させ、消費者コストを増大すると。しかし、これは嘘だ。「王様石炭」は自然死を遂げようとしているのだ。

石炭産業の衰退は市場がもたらした現実だ。安価なガスのせいでもあるが、主として消費者が清浄な空気と温暖化防止行動を望んだためだ。10年前、石炭燃焼により年に17,000人のアメリカ人が死亡していた。今日7,500人に減ったのは石炭燃焼が減ったためだ。石炭産業で1人雇用されている一方で、再エネ産業では2人雇用されている。そのうえ、家庭用電気代は2006年以来同額だ。要するに石炭産業を縮小することは電気代を上げないで、人々を健康にし、雇用を増やすのだ。どうしてこれがダメなディールなのか?

今回の政策で石炭火力は2030年時点で27%まで下がる。今のトレンドではこの目標を遥かに超えるだろう。そしてこれは仮に次期大統領がやらなくても、また米国最高裁判所が否定しても否定できない事実だ。気候変動の科学を信じようとしない人間が何を論じても、この政策は喘息から人間の命を救い、雇用を生み、経済を成長させていく。誰がどの党に属しているかに関係なくそうなるのだ。

オバマ大統領もいう通り、基準を設定し排出を削減することはすでに行われていることでまったくラディカルではない。米国全土では当たり前のことをワシントンで決めるだけのことだ…

米国では安価なガスの台頭が石炭を没落に追いやりつつあるとする見方で一致している。つまり、価格や健康被害や温暖化防止への市民の意識が石炭を窮地に追い詰めたということだ。だからマカネル上院院内総務が「オバマが石炭戦争を仕掛けている」と非難しているのは筋違いだとブルームバーグ氏は言いたいのだろう。

訴訟について

今回の政策パッケージに対して ”Tsunami” (津波)のように訴訟が起きてこの包括政策は灰燼に帰するという見方がある。マカネル院内総務は全州の知事に手紙を書いて反対するよう徹底した行動をはじめている。全米最大の石炭企業Peabody社の主任弁護士を務めるハーバード大学のローレンス・トライブ教授は、今回の政策は「憲法を焚書するものだ」としてオバマ政策を攻撃している。なお、同教授はオバマ大統領の恩師であり「バラック・オバマは自分の最も優秀な学生だった」と述べた人である。

それに、6月29日の最高裁の差し戻し決定が保守派を勇気づけている。EPAは、石炭燃焼に由来する水銀を規制した時の発電所側の設備改良などの費用(=遵守費用)が96億ドルであるのに対し、規制によって水銀の被害が消滅した時に生ずる利益総額(=規制が社会にもたらす利益)は370億ドルから900億ドルに達し、年間1万人の過早死と13万人の喘息の罹患を防止できると算定している。この算定に対して疑義が生じたが、EPAは算定は過去の類似ケースにならい、排出規制が適切かどうかの判断とは関係がないという立場を貫こうとした。最高裁は5対4で、この立場は大気清浄化法の解釈上正しくないと判断し、下級審に差し戻したのである。

しかし、この差し戻し決定は電力会社の勝利とは言えないとされている。なぜなら今回は規制が社会にもたらす利益と遵守費用の算定を正しい時点で行わなかったと判断されただけで、当局の規制権限が揺らいだ訳ではないからだ。

このように6月29日の最高裁の差し戻し決定はEPAの規制権限を問題視したものではなかった。しかし、EPAはこの決定を機に「費用と利益の計算」の側面を含め包括提案全体を徹底的に再検討し、訴訟に備えて弱点を全部取り除いたと報道されている。

最大の問題とされている点は、大気浄化法が今回のクリーンパワー計画の目指すような電力システム全体の規制をEPAに対して許容しているのかどうかである。同法の111条d項ではEPAが既存発電所の個々のプラントの効率化規制をすることはできることになっている。保守派は、EPAは発電所の柵を越えて(out of the fence)、州や連邦の電力システムの効率化規制をすることはできないと主張する。これに対してEPAと環境派は同条a項の定義において、当該効率化基準とは「排出削減の最良のシステムを適用することで実現できる基準のことだ」と定義しているところから、単なる個々の発電所の柵の中にとどまらない広がりのある規制、すなわち電力システム規制が可能だし、すでに前例があると主張する。また連邦政府が州と連携して一定の規制をするのは共同的連邦主義(cooperative federalism)として前例があると主張している。

根深い論争は元来大気浄化法の法令の不完全さに由来するのだが、環境派は電力側が訴訟におよんだら直ちに対抗訴訟を開始できるように準備している。元来電力会社は効率改善には多様なオプションが与えられるべきだと主張してきたのに規制がプラントの柵を越えてはならないという主張は矛盾している。それに電力側には代案がまったくない点が最大の問題だとされている。国民の多くが電力の排出規制を望んでいるので裁判所はこれを無視できないだろうという見方が強い。EPAのジーナ・マカシー長官は「古びた思想に由来する訴訟は続出するが、今回の政策は完全に大気清浄化法の範囲内であり、十分対抗できる」と自信を覗かせている。

一方、議会での審議も難航が予測されている。しかし、ホワイトハウスのマクダノー首席補佐官は必要があれば拒否権を発動し、今後絶対に退却しないと断言している。大統領の拒否権を再否決するだけの反対票は議会には存在しないという読みからだ。

最後にこの関係で最も重要なことは議会や最高裁の判断がどうなろうとビジネスはすでに行動を開始している点だ。8月4日付ニューヨーク・タイムズ紙の記事はこの辺の事情を次のように論じている:

…多くの大規模電力はむしろEPAの規制の維持を希望している。これらの環境規制が裁判所で無効化されないことを望んでいる。それに、すでに企業が規制当局と協力している。なぜなら、今回のような包括的政策が市場にシグナルを送ると見ているからだ。大手電力はすでに再エネに巨大な投資をしている。市場がどこに動くかを見ているし、化石燃料への規制が強化されることは察知しているからだ…

しかもこの包括政策は再エネを促進する。それに奨励措置がついているのでますます再エネへの投資が有利になる。それを裁判所が否定するなという姿勢だ。電力需要がフラットな時代には電力会社は新規投資ができなかった。しかし、新政策の下ではクリーン電力への投資が可能になる。例えば再エネ振興の方向性が出てきたので送電線建設へのインセンティブも生まれた。このような背後の事実を見れば、「産業界の反対」なるものの虚構性は明らかだ。法的議論はビジネスの真の利害を反映するべきだ。

多くの電力会社はEPAの規制を完全に実行しようとしている。そして州政府をも動かすつもりでいる。コスト効果的にやっていくために、排出量取引制度を制定しろと州政府に要求するだろう。酸性雨対策での成功体験があるので各州間の排出量取引制度に発展するだろう。

この論文をニューヨーク・タイムズ紙に書いたジョディ・フリーマンは上記のローレンス・トライブ教授と同じくハーバード大学ロースクールの教授だ。実際、この論文が論じていることは現実化している。

大手のDuke Energyは2011年以来火力発電を40基も廃棄した。転換に遅れた発電所は破産している。全米第二の火力であったAlpha National Resources Inc.は事もあろうに、オバマ大統領の政策発表の当日破産を申し出た。保守側が石炭産業の保護や消費者のコスト軽減を旗印に訴訟に打って出てもビジネスはもう見限って別行動を始めている。どうやらこれが実態であるらしい。

保守派のレトリックにこだわらず、米国の低炭素化への実際の動きは急速に強化されていくと見るべきだろう。日本は連邦レベルの党派的混乱に目を凝らすのではなく、市場がどのシグナルを送り、それを見てビジネスがいかに先端的に行動しているかに注目すべきだ。

参考

[1]「地域的温室効果ガス削減イニシアチブ(RGGI, Regional Greenhouse Gas Initiative)」はいくつかの州にまたがる共同炭素市場を通じて発電所の排出削減をコスト効果的に実現する仕組み。コネチカット州、デラウェア州、メイン州、メリーランド州、マサチューセッツ州、ニューハンプシャー州、ニューヨーク州、ロードアイランド州、バーモント州が参加している。

[2] Bloomberg “Obama Didn’t Kill Coal, the Market Did” August 4, 2015.

[3] Council on Foreign Relations “Fracking and the Climate Debate” July 6, 2015. および The Breakthrough “Natural Gas Overwhelmingly Replaces Coal” December 15, 2014.

WEBRONZA

 

 

オリジナル掲載:WEBRONZA「オバマ政権のクリーンパワー計画とは何か米国もエネルギー転換へ」(2015年08月27日)および「続・オバマ政権のクリーンパワー計画とは何か 石炭を殺したのは市場だ」(2015年08月28日)