3.11後の日本のエネルギー×デモクラシー

佐々木 ピンチはチャンスでもあるということで、この会場にいらっしゃるみなさんは、もちろん宮台さんのおっしゃる「ブーたれる」方々ではなく、すでに自ら新しい社会を日々構築されている方々だと思います。

民主主義論で有名な政治学者でロバート・ダールという人がいます。その人が『規模とデモクラシー』という本を書いていますが、その結論は、規模とデモクラシーは関係ないというものです。しかし、私は、世界最大の原発がある新潟に住んでいてですね、その巨大システムとしての原発の存在そのものが、小林さんがおっしゃったような、そもそも民主主義の原理に反しているんじゃないかということは常々感じるわけですね。

また、1970年代、ロベルト・ユンクという人がすでに『原子力帝国』という本を書いていて、そもそも民主主義と原発は原理的に相容れないのではないかという根本的な問題提起をしています。つまり、宮台さんがおっしゃったように、エネルギーも含めて、巨大システムに任せていれば人生安泰だということではそもそもないんだということです。

その中で浮かび上がっているのが、飯田さんが冒頭でおっしゃったようなアソシエーション、これは「自発的結社」と訳していいのか分かりませんけれども、自らの発意で仲間を集めて、社会をつくるという、非常に古くて新しい民主主義のかたちに回帰しつつあるということかもしれません。そういうアソシエーティブな民主主義というものが再び注目されているということだと思います。

私も地元で市民発電に取り組む経験から、その民主主義を支えるものは何だろうということを常々考えているわけですが、宮台さんがおっしゃったようなコミュニティ、これはかつてのムラのようなコミュニティではなくて、新しいアソシエーションという意味でのコミュニティが必要であると実感します。

それから、これもなかなか言葉が見つからないのですが、ある種のつながりや絆、時間的なつながりというか、伝統的つながりと言っていいのか、倫理と言っていいのか、あるいはまた信仰といっていいのか分かりませんが、そういうものが、やはりこれからの民主主義にとって大事だろうと感じています。これは市民発電を実践する中で、例えば新潟であれば、新潟の昔持っていた記憶とか、伝統とか、そういうものが非常に重要であるということを再発見するわけです。

それから今まで出ていない議論としては、新しくできたコミュニティとかアソシエーション同士のつながりですね。個々のコミュニティが孤立して存在するのではなく、時には国境も超えてお互いリンケージして、相互に助け合ったりするというのが、新しい民主主義にとって非常に大事なのではないかなと感じています。

それでは、話が深まってきたところで、飯田さんが今日のセッションは未来を展望するセッションにしたいという事なので、もう少し先ほどのお話を深めながら、お三方から未来を展望するようなかたちで、エネルギーを媒介にいかなる民主主義が可能なのかということをお話いただければと思います。

15thanniversary_2コミュニティでの対話と熟議

小林 4人の議論に呼応する部分があると思いますので、そういったことを念頭に置きながら先ほどの話をもう一度深めてみたいと思います。

私の支持している思想は一般に「コミュニタリアニズム」と呼ばれるという話をしましたが、これは、人々が共に考える、共に行動するというように、コミュナルなものを重視するということです。ですから、「日本の古い、異質性とか異論を許さないような、前近代的と言われた共同体がいい」と言っているのではなくて、先ほど災害ユートピアの話とか、アメリカのトクヴィルが言ったタウンシップのデモクラシーの話がありましたけれども、そういった民主主義を支えるコミュニティを新しい次元で復興させていくという意味を持ったのがコミュニタリアニズムと言われる思想です。

さらに、海外ではしばしばコミュニティを人間のコミュニティという意味で捉えているのですが、私は、コミュニティの場、自然を含めたその環境のもとにおけるコミュニティを捉えていくことが、思想的には大事だと思っています。そういう意味では、エネルギーデモクラシーを自分のコミュニティで考えるというのは、思想的にも新しいチャレンジであると思います。彼らの議論に、日本の体験から新しい次元を付け加えるような、そういう意味も持っているのではないかと私は思っております。

そして、先ほど平川さんからも、科学技術に関する熟議の話がありましたけれども、ここでもある意味で日本は新しいチャレンジを行いました。民主党政権の末期ですけれども、海外の熟議民主主義、つまり、例えば専門家の間の議論というものを一般の人たちがしっかり聞いたうえで議論をする。そして意見がどのように変わるか。そういうことを実際に調査をしたんですね。これは政府も関わるかたちで行って、結果として脱原発の方向の人が増えたわけです。

これは実際、当時の民主党政権の政策にも影響を与えて、民主党政権、菅元首相は脱原発を主張しましたが、もっと穏当な立場ないし現状維持に近い立場を主張する人もいて、せめぎ合いはあったわけです。そういった熟議民主主義の実験の結果、やはり脱原発の方向を強めようという考え方が、政府としても打ち出されました。これは、全世界的にもさまざまなところで熟議民主主義の実験が行われている中で、政策に非常に大きな影響を与えた重要な例だと私は思っております。

そして、対話の重要性は常々私も主張しているところですけれども、今、原発の問題、それから集団的自衛権というような平和の問題において、人々の意識が目覚めつつある。

宮台さんの言葉を使うと、悲劇がもたらした良いこと、ポジティブなことだということでしたけれども、ある意味で我々は、そういった悲劇的状況を自分自身の力によって逆転させていく必要があると認識しつつある。

私もこの憲政記念館で、憲法をめぐる白熱教室をしたことがあります。当然、現在の政権の流れにおいて、今回の法案を通した後に憲法の改正そのものを目指そうという気持ちがあるので、この問題がさらに次の局面として現れるという可能性もあります。その時には国会議員だけで決めることはできない、つまり憲法改正においては国民投票が必要となる。だから、それまでにどこまで人々の間で熟議が行われて、人々の意識が目覚めているかが重要になります。先ほど私が言ったような、お上の言うままに従ってしまうような臣民的な意識ではなくて、自分自身が問題をしっかりと意識して変わる、そして行動するという、そういう民主主義が定着するかしないか、ということによって、その結果は変わってくると思います。

民主主義を巡る問題としては、最も重要なのはやはりクオリティ、質をめぐる問題です。つまり、民主主義の批判をする人たちは常々、「何も情報を知らない、関心を持っていない人がその時のムードとか、あるいは雰囲気に流されて投票するというようなものはよくない」と言います。そういう人たちから見れば、デモも、その時のムードに流されて、知識もなく、思考もあまりしていない人が時のムードでやっているだけだというようにしばしば言っているわけです。

私は、今日の局面ではむしろ、こういった直接政治に関わる人の方が本気で政治を考えていて、さまざまなルートを通じて情報を手に入れた上で、意思表示をしている人が増えていると見ています。だから民主主義のクオリティ、質が非常に上がりつつあるのではないかと思うのですけれど、そのための一番のきっかけになるポイントが、先ほどの対話の問題ではないかと私は思っています。

すでに民主党政権が成立した段階から言っていることなのですが、今日の日本の政治というものはものすごく大きな激動の時期にある。その前の自民党政権からの政権交代が非常に大きな変動だったわけですが、そこで日本の政治が一気によくなるというのは楽天的すぎると私は言っていました。

フランス革命の時を考えてみると、独裁政権に対してフランス革命が起こり、そのあとまたナポレオンの帝政になって、またもう一回革命がおこるという、すごく大きなジグザグなコースを進んで、歴史は展開していく。もちろんそういったことなしに安定的に発展していくというのが理想ではあるんですけれど、往々にして、こういう左右の大きな振れを通じて歴史は展開していくし、日本の政治あるいは経済は我々が好むと好まざるとにかかわらず、そういう大きな振れのなかで動いていくだろう、というのが当時の私の考え方でもあるし、今の私の見方でもあります。

ですから、政権交代があり、民主党政権の後、現在の政権になり、そして多くの人々が非常に危機感と関心を持って市民的な行動も行うようになる。そして、またこれが次の局面に展開していく。次の局面で、すべてオーケーでパーフェクトな理想的政治が現れるとは思わないですけれども、そういったさまざまな激動を通じて歴史が展開していくものと見ています。

最後に強調しておきたいのは、さきほどコミュニティ間の関係も大事だという話が出ました。やはり、小異、さまざまな考え方の違いはあるのですが、大きな、ポジティブな方向を目指す人たちが意見、違いというものをお互い尊重し合いながらもそれを超えて手をつなぐということが大事だと思います。

これは実際、脱原発の問題が盛り上がった時に、飯田所長などが中心になって日本の政治にも大きな影響を与えようという動きもされました。今また安保の問題をめぐって、野党間の結集という雰囲気も高まっています。ですから、こういった流れの中で、コミュニティを超えて、あるいはさまざまなグループを超えて、広い結集というものができていく。私はそれを「平和への結集」と言っていますけれども、それによって、政治の新しい局面がでてくるのではないかと、私は希望をしております。

<ページ 5:対話の場と民主主義の質

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