原発と温暖化問題とのねじれた関係 — 米国と日本の事情

原発推進と温暖化問題をめぐる言説には複雑でねじれた関係が繰り広げられてきた。少数派ながら、原発を推進する気候変動科学専門家ケリー・エマニュエル氏のインタビュー論文から、その認識や思考をたどってみよう。

気候変動対策における原発の役割

「世界の終末まであと何分」という終末時計で有名なBulletin of the Atomic Scientist誌の最新号(Vol.73,2017)が「気候変動対策における原発の役割」という特集を組んでいる。

その中のインタビュー論文では、「原発を推進する気候科学専門家」として有名なケリー・エマニュエルMIT教授(Kerry Emanuel: ハリケーンの専門家)に推進理由を聞いてまとめている。

この内容が、彼の(研究者間では浮いているなどの)率直な認識、思考回路、原発や再エネに関する日本と米国の180度異なる状況、米共和党が原発を推進する本当の理由、などがわかって興味深いので下記で紹介したい。

ちなみに、エマニュエル教授らは、2013年11月に世界中の環境保護論者に宛てて、「環境保護論者こそ原発推進を支持するべき」という書簡を出している(元NASAのジム・ハンセンなどとの共著)。これに対しては、2014年1月に私を含めた4人が連名で下記のような反論を書いて送ったものの返事はなかった。

エマニュエル教授の発言とそれへの反論

以下に、上記インタビュー論文でのエマニュエル教授の発言ポイントを整理し、それに対する私の簡単なコメントを付す。

エマニュエル教授発言ポイント1:原発推進は少数派

科学者の中で自分(エマニュエル教授)たちのような原発推進派は少数派(rare breed)であり、なおかつ環境保護論者の中でも原発推進派は少数派。気候科学に関する理系の研究者はエネルギー問題に関心を持っていない。したがって、自分の原発推進論に対しては、主に環境保護論者や社会科学系の研究者から反発や批判があった。

明日香コメント

原発推進派の科学者は、科学者としても環境保護論者としても例外的であることをはっきりと認識している。これは気候変動対策積極論者が原発推進論者ではなく、逆に気候変動対策積極論者の多くが原発には反対の立場であることを示している。しばしば(特に日本で)「気候変動対策積極論者イコール原発推進論者」と短絡的に結びつける人がいるが、それは間違いであることを明確に示している。

エマニュエル教授発言ポイント2:原発はコストが安い

原発の発電コストが高いというのは偏見。初期投資は高いものの、長期的に見れば原発は安い。再エネに対しては多額の補助金が与えられている。一方、原発に対する補助金は少ない。再エネは貯蔵できず、バッテリーのコストが高い。

明日香コメント

米国では「原発は高い」というのが、すでに一般常識になっていることがわかって興味深い。そのような常識に反して「実は原発は安い」とエマニュエル教授は孤軍奮闘で訴えている。しかし、まず原発へのこれまでの多額の補助金に対する知識が欠如している。米国では原子力に対する補助金が減少傾向にあるのかもしれないが、少なくとも累積では原子力の場合も多くの補助金があった(ドイツの場合はJürgen Weissによる分析があり、その図18と図19が補助金比較のわかりやすい図になっている)。

ただ、現在の米国での発電コスト比較データはわかりやすいのがあって(Lazardというシンクタンクが毎年発表している)、補助金なし(補助金前の価格で)で再エネ(太陽光と風力)の方が原子力や化石燃料よりも安くなっている。バッテリーに関しても、米テスラ社などによって大幅にコストが下がりつつあることへの認識が乏しい。

エマニュエル教授発言ポイント3:原発は安全

「コストが高い」と同様に「原発が危険」というのも偏見。原発よりも火力発電の方が(kWhあたりでの)死亡者数は多い。再エネによる環境破壊も考慮すべき。事故のリスクはあるものの、どのような産業でも歴史的に見れば大きな事故があると次の事故は起こらない。核廃棄物は問題だが、石炭火力発電所からの廃棄物も危険で放射能も持つ。

明日香コメント

原発による死亡者数と火力発電所からの大気汚染物資排出による死亡者数の比較は、しばしば日本でも議論になる。しかし、火力発電による死亡は、採掘時の事故やPM2.5などによる早期死亡(Premature death)であって原発の被害による死亡と簡単に比較できるようなものではない。また、原発事故による間接死亡や土地が居住不可能となることのコストやリスクは無視している。さらに、人口、面積、国、地域、経済環境、便益など様々な条件を考慮せずに、kWhあたりだけで比較するのも無理がある。

そもそも原発事故の場合は早期に多数の住民が避難したため被害が抑えられている。いくつかの偶然が重なって福島第一原発事故が東京の住民も避難するようなレベルにならなかった事に対する認識もおそらくない。一度大事故が起きると次の大事故は起こらないというも、チェルノブイリと福島を考えると疑問。原発による廃棄物のリスクと石炭火力の廃棄物の比較も、放射線の大きさの違いや通常運転時と事故時との違いなどを捨象しているのでやはり無理がある。

エマニュエル教授発言ポイント4:原発はすぐに大規模に導入できる

原発は大規模を短時間で導入できる。それは、かつてのスウェーデンやフランスが証明している。一方、再エネは原発のような速さで増やすことはできない。

明日香コメント

スウェーデンやフランスでは国策として多額の補助金や公的支援があったことを無視している。原発の場合、本来であれば企業が支払う費用(廃棄物処理、事故保険)なども政府(国民)が代わりに払ってきた。また、数十年前の時点ではコストや安全性に対する認識が極めて楽観的で、将来的には規模の経済が働くと思われていた。しかし、実際のところ、安全対策の強化や廃棄物の蓄積などの理由で、原発は作れば作るほど発電コストが高くなる唯一の発電エネルギーであった。過去のフランスの状況を現在や他国にも適用可能と考えるのは楽観的すぎる。

エマニュエル教授発言ポイント5:エネルギー・ミックスの専門家ではない

短期も長期もエネルギー・ミックスに関しては、自分は定量的な議論をできる専門性を持っていない。

明日香コメント

発電コストなどに関する定量的な議論をして再エネなどを批判しているのに、実はエネルギー・経済の専門家ではないので定量的な議論する資格はないと逃げている。「自分の専門外の事を専門家っぽく話すので一般市民には多大な影響を与えてしまっているものの、最終的には専門家ではないからと責任逃れする」というよくある困った専門家のパターンで少々残念。

エマニュエル教授発言ポイント6:技術継承

原発は一度撤退すると技術の継承が難しくなる。

明日香コメント

これは事実かもしれないものの、気候変動対策としての原発の役割に関する議論とは別の議論。

エマニュエル教授発言ポイント7:途上国のエネルギー需要拡大のために原発が必要

米国は(原発がなくても)なんとかなるが、途上国は増大する電力需要は原発でしかまかなえない。その途上国は中国から原発を買おうとしている。これを西側諸国が黙ってみているのは良くない。中国よりも良い原発を作って中国製原発を凌駕(out-compete)する必要がある。

明日香コメント

正直で興味深い。しかし、これも気候変動対策としての原発の役割に関する議論とは別の議論(彼らの一番のポイントなのかもしれないが…)

エマニュエル教授発言ポイント8:ドイツの脱原発はまやかし

ドイツは石炭火力発電所を作っていて、フランスから(原発による)電気も買っている。ゆえに、温暖化対策も進めていないし脱原発もしていない。

明日香コメント

日本でも同様な認識を持っていたり、それを公の場で発言したりする(困った)有識者は少なくない。たしかにドイツの石炭火力発電は問題があるが、大きな要因としてシェールガスによる石炭価格の低下、ドイツ国内での石炭産地の強い政治力などがある。しかし、現在、石炭火力に関する規制を強めており、雇用の維持を目的とした採炭補助も2018年末をもって打ち切られて採掘が終了する予定。フランスとの電力の輸出入に関しては、ここ数年はドイツからの輸出の方が金額ベースでも物量ベースでも大きい。すなわち、現在、電力に関してはフランスがドイツに依存していると言う方が正しい。

エマニュエル教授発言ポイント9:核廃棄物処理

核廃棄物処理問題は原発の欠点だが、もう”Cat is out of the bag” 状態だからしようがない。つまり、すでに中国とロシアがたくさん軽水炉を作って世界中に売ってしまっている。

明日香コメント

これも正直で興味深い。しかし、これも気候変動対策としての原発の役割に関する議論とは別の議論(彼らの本音なのだろう)。

エマニュエル教授発言ポイント10:米国共和党議員の原発推進理由は中国への対抗意識

共和党が原子力推進なのは気候変動のためではなく、対中競争力維持のため。例えば、気候変動の科学に懐疑的な下院議員であるジョン・テイラー(John Taylor)が積極的に原発を推進している。

明日香コメント

これも正直で興味深い。気候変動対策積極派イコール原発推進論者では全くなく、米国、特に共和党議員らの原発推進理由が国際政治における(対中)覇権の追求にあることを示している(日本も同じ?)。エマニュエル教授は自称「保守」で共和党員という事実からも面白い。

以上を整理すると…

  1. 日米の原発や再エネに関する状況の違いが端的に示されていて興味深い。すなわち、米国では「原発は高くて再エネが安い」というのが事実かつ多数派の認識になっている。一方、日本では、少なくとも現状では政府の言うことを信じる人が多いことなどもあって(?)「原発は安くて再エネが高い」という認識の方が一般市民の間では多数派だと思われる(実際に、米国に比べて日本での再エネは高く、かつ石炭よりも高いのが現状ではある。しかし、その理由は工事費が高いのと同時に様々な制度的要因もある。そうは言っても、日本においても再エネの発電コストの低減傾向は今後も続くと思われる)。
  2. エマニュエル教授は、原発に関しても再エネに関しても、特にその安全性と発電コストに関してかなり固定観念に縛られている(はっきり言って勉強不足)。
  3. 放射性廃棄物に関しては、問題だとは言っているものの、実際にはあまり問題視していない(多くの人にとっては身近な話ではないのだろう)。
  4. 自分はエネルギー・ミックスや発電コストの専門家ではないと断りつつ、十分な根拠もなくいろいろ発電コストの話をするのは不誠実。
  5. 異端であることを多少誇りに思ってしまっている感がある(ガリレオと同じというふうに自分をヒーロー化してしまう温暖化懐疑論者によくあるパターン。彼自身は温暖化の科学を疑う懐疑論者ではなくて逆なのだが…)。
  6. 原子力開発を巡る政治的・歴史的文脈に対する理解が乏しい。
  7. 結局は(対中)覇権維持がいろいろなものの深層にあるのかなとつくづく感じる(もちろん、こういうのを利用して原発推進の必要性を煽っている人もいると思われる。個人的には、エマニュエル教授にも多少そういうところがあるように読める)。

ナオミ・オレスケスの批判、それへの批判、人間の性?

ちなみに、ハーバード大のナオミ・オレスケス(Naomi Oreskes)という温暖化問題に対する懐疑論あるいは否定論の分析を専門とする社会科学者が、このエマニュエル教授らを「新種の温暖化否定論者」として批判している。

彼女は原発が無くても温暖化対策は可能と主張していて、その根拠の一つとして、米国の各州において100%再エネが2050年に可能なことを示すスタンフォード大のマーク・ヤコブソン(Mark Jacobson)による“100% RENEWABLE ENERGY VISION”などを紹介している。

このナオミ・オレスケスのエマニュエル博士批判に対しては、(1)エマニュエル博士やハンセンらの気候科学者を「気候否定論者(Climate denier)」を呼ぶのは言い過ぎ、(2)原発などの特定の政策を支持あるいは非支持する議論になるので、さらなる「科学の論争化」を招く政治的な副作用がある、という批判もある。

ただし、あえてナオミ・オレスケスの肩を持つとすれば、アメリカと日本の発電コストに関する状況がかなり違うことも関係すると考えられる。つまり、日本では、(原発の方が安いと思っている人が多いし、実際に再エネは米国や中国の1.5〜2倍くらいなので)原発を推進するか否かを議論することは、市場原理とは別に、主観的な部分が多い問題だと思われているように思う。一方、アメリカでは、再エネの発電コストが原発の発電コストよりも安いことが市場で明らかになっていて、まさに「科学的な客観的な事実」となってしまっているので、そのような事実を意図的に無視することを「否定論」と呼ぶことにあまり抵抗がないのかもしれない。

いずれにしろ、エマニュエル教授を「世間離れした変わり者の研究者」と片付けてしまうのは簡単である。しかし、(政治家に利用され、かつその一方で政治家を利用するという意味で)無視できない影響があるのも事実だと思う。そして、かなり頑固そうなので、彼が自分自身の考えを変えるのはよっぽどのことがない限りないのかなとも思う。人間、変に専門家になって、かつ年をとると勉強しない人が多くなるのは、古今東西同じなのだろう(自戒を込めつつ)。