環境問題のデパートから環境専制主義へ?

最新中国環境エネルギー状況
2018年4月16日

世界の再生可能エネルギー導入を中国がリードしていることは日本でも知られつつあるものの、石炭や気候変動対策および原子力に関する方針や取り組みについては必ずしも正確に議論されているとはいえない。関係者へのインタビューも踏まえ、中国の環境エネルギーの最新状況を見ていこう。

はじめに

2018年3月、中国において行政機関の抜本的な組織改革を行われ、環境エネルギー行政部門に大きな変化があった。また、ここ数年、中国での石炭消費、大気汚染物質排出、温室効果ガス排出、原子力発電、排出量取引の制度設計などに関する変化も大きい。特に、最近の強制的な石炭使用禁止や炭鉱・工場閉鎖などは、「環境専制主義(environmental authoritarianism)」とも呼ばれている[1]

[1] Mark Beeson, 2016. Environmental Authoritarianism and China, The Oxford Handbook of Environmental Political Theory, Edited by Teena Gabrielson, Cheryl Hall, John M. Meyer, and David Schlosberg, Jan., 2016.

これらの動きは中国国内のみならず国際社会においても重要な意味を持つことは言を俟たない。本稿では、2018年3月に筆者が北京で行なった関係者インタビューの結果を最近の資料などで補足しながら、中国における環境とエネルギーをめぐる最新情況について述べる。

環境エネルギーを管轄する組織の改革

概要

環境エネルギー分野での主な変化は、(1)環境保護部(日本の環境省にあたる)を廃止して生態環境部を新設、(2)国土資源部と国家海洋局、国家測量地理情報局を廃止して自然資源部を新設、の二つである。前者の組織は規制、後者の組織は管理という仕分けになると思われる。現在、各省庁の人数は、外交部が約2,000人、発展改革委員会(日本の経産省の役割に近い)が1,000人、国土資源部が約350人、環境保護部が約300人なので、新たに発足した生態環境部と自然資源部を合わせると、環境行政部門は人員的に極めて大きな存在になる。

ただし、再エネも省エネも管轄権は、発展改革委員会に残る。したがって、生態環境部の影響力が大きくなると予想はされるものの、エネルギーや気候変動などに関わる政策の策定において発展改革委員会の影響力がなくなるということではない。

なお、中国版国際協力機構(JICA)とも呼びうる「国家国際発展協力署」も発足した。この機関は、海外への援助やインフラ輸出に関わると思われ、いわゆる「一帯一路政策」の実行部隊のような位置付けになると予想される。

背景

中国では、5年あるいは10年ごとに大きな組織改革が行われる。環境部門は10年振りの改革であり、関係者の話によると、ハイレベルな関係者のみで秘密裏に話が進められた。ただし、以前からエネルギーに関わる国家能源局と環境保護部が一体となった組織ができるという噂はあった。また、今回の改革は、基本的には2015年の中国科学院の提言『2015中国可持続発展報告』に基づいている[2]

[2] 科学出版社, 2015. 「二委一部一局:中科院提生态环境机构改革方案全披露」2015-6-18.

どこの国でも同じだが、エネルギーや環境のように対象が多岐にわたる場合、省庁間の調整が難しい。したがって、整理統合を進めた今回の改革によって、より効率的な政策の策定などが期待される。また、今回の組織改革には、大きくなりすぎた発展改革委員会の影響力を削ぐという意味合いもあると思われる。

さらに、大気や水などの目に見える環境汚染が深刻な中、「生態文明」「美しい中国」というような中国共産党が進めている政治的スローガンの具現化や喫緊である2022年の北京での冬季オリンピックへの準備も後押ししたと思われる。

今後の展開

温暖化行政に関して、中国の新たな状況は、米国において境保護局(EPA)が主要な温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)を大気汚染物質の一つとして規制しているという状況に似ている。また、これまで環境保護部が提案していた炭素税が復活する可能性もある。

今回の組織改革は、大気汚染対策の目処が立ちつつある中、より深刻とも言える水問題に本格的に取り掛かる体制づくりにもなっていることも重要なポイントである。

筆者の「人事異動が安定するのに必要な時間は?」という関係者への問いに対しては、「おそらく1〜2年」という声が多かった。しかし、「特に地方での人事異動は、発展改革委員会からの異動を拒否するケースも出るだろうから相当の時間を必要とする」という声もあった。

石炭消費・GHG排出・大気汚染の変化および雇用喪失

今年3月に国際エネルギー機関(IEA)が“Global Energy and CO2Status Report 2017”を発表した(例年よりも早めの発表であった)[3]

[3] IEA, 2018. Global Energy & CO2Status Report 2017, March 2018.

この報告書では、2017年の中国でのエネルギー起源CO2排出は2016年に比較して1.7%上昇している。この数値の正確性や上昇した要因に関しては、「2017年前半の降雨量減少によって水力発電量が減少したことや景気拡大策などによる一時的なものであり、CO2排出が減少傾向にあることは変わらない」という議論がある。その一方で、「CO2排出は2020年ごろまで横ばいあるいは上昇する」という議論もある。すなわち、CO2排出の減少傾向に関して関係者の間ではコンセンサスはないと言える。

しかし、少なくとも、(1)石炭消費は減少傾向が続く、(2)CO2排出が今後大きく上昇する可能性は小さい、(3)CO2排出は2030年以前にピークを迎える、などに関してはコンセンサスがあるように思われる。

なお、2018年3月9日、国家発展改革委員会の下部組織である国家能源局が「2018年能源工作指導意見」を発表した(「政府見通し」にあたる)。それによると、2018年における、石油消費、天然ガス消費、CO2排出の変化率は、それぞれ4%、6%、0%と予測している[4]

[4] 国家能源局, 2018. 2018年能源工作指导意见的通知, 2018-03-09.

2017年は大気汚染対策に関する5年目標の最終年であった。実際に、2017年から2018年にかけての冬季の北京などの都市部におけるPM2.5の濃度は例年よりも下がった。具体的には、2017年10月から12月の間、石炭使用が規制されている「2+26」都市におけるPM2.5濃度の平均値は71μg/㎥であり、前年同期比34.3%低下した。濃度の下降幅が最も大きかった3都市および下落幅は、順に、石家荘市(54.8%)、北京市(53.8%)、廊坊市(45.5%)であった[5]

[5] 人民網日本語版, 昨年第4四半期、「2+26」都市のPM2.5濃度が34.3%低下, 2018年01月12日.

ただし、「青空」の代償は小さくない。特に、(1)石炭産業や鉄鋼産業における失業問題、(2)石炭から天然ガスへの切り替えの遅れによる暖房停止問題、の二つは、下記で述べるように重要かつ深刻な社会問題となっている。

第一の失業問題に関しては様々な数字がある。例えば、石炭問題に関して精力的に研究を実施している米国のシンクタンク米国資源防衛基金(NRDC)は、2020年に石炭消費量を27億2,000万トン(標準炭換算)に抑える場合、石炭産業(石炭採掘および洗浄)で31万人、石炭発電産業で3万7,000人の失業を予測している[6]

[6] NRDC, 2015. CHINA COAL CONSUMPTION CAP PLAN AND RESEARCH REPORT, OCTOBER 2015.

しかし、中国においては、もともと石炭や鉄鋼の需要に対して、設備容量や生産量が大きすぎる(いわゆるオーバー・キャパシティ問題)があった。したがって、すでに2015年の段階で、中国政府は、石炭産業で130万人、鉄鋼産業で30万人の失業者が構造調整の結果によって発生する(発生させる)としている[7]

[7] Business Insider, Huge steel and coal layoffs show just how big China’s industrial slowdown really is, Feb. 29, 2016.

そして実際に、2017年3月に、労働社会保障部(日本の厚生労働省にあたる)の部長(大臣にあたる)は、(1)2016年に72万6,000人の石炭・鉄鋼産業の労働力を他の産業にすでに転換させた、(2)2017年にはさらに50万人を転換させる、などと発言している[8]

[8] Reuters, China to reallocate 500,000 coal and steel workers in 2017: labor minister, March 1, 2017.

第二の問題は、2017〜2018年にかけて、石炭の使用が実質的に禁止された地域において天然ガスへの転換が進まず、極めて多数の人が暖房なしで冬を過ごさなければならなかったという問題である。1,000万人(!)が暖房なしで冬を過ごさなければならなくなったという報道もあり[9]、大きな社会的問題となった。日本などの西側先進国でこのような状況が発生したらどうなるかを想像すると、良い意味でも悪い意味でも、「中国的」である。

[9] 北村 豊, 2018. 1000 万人が凍える中国「暖房変換政策」の失態, 日経ビジネス, 2017年12月15日.

温室効果ガス排出削減目標の引き上げ可能性

前述のように、2013年から中国では石炭消費およびCO2排出量は下降、あるいは横ばい傾向にある。また、習近平は2018年の年頭スピーチで「中国は気候変動問題で韜光養晦をやめて国際的なリーダーシップをとる」という趣旨の発言をしている。したがって、中国に限らずすべての国において、「2020年以降の約束草案(NDC)」の見直しが検討されるべき状況において、今後の中国の対応は大いに注目される。

NDC見直しに関する筆者の関係者へのインタビュー結果をまとめると、(1)おそらく政府内でもNDC見直しの検討はしている、(2)しかし、その真剣度はわからない、(3)たとえ引き上げたとしても、その内容やタイミングを予測するのは難しい、(4)中国が見直した時の国際社会の反応(例:他に追随する国がでるか)の見極めが難しい、などが大方の意見であった。

また、「ピーク年を前倒しにした場合の原単位目標との整合性が難しい」という意見や「NDCに関係なく中国の温室効果ガス排出パスは、すでに1.5℃目標に整合性がある排出パスにある」という意見もあった。

個人的には、国際社会に圧力を与えるという意味でも、中国政府にNDCを引き上げるというリーダーシップを早急にとって欲しいし、その方が政治的かつ経済的な意味で中国にとっては好ましい結果を生むと考える。

排出量取引制度の制度設計

排出量取引制度の管轄も発展改革委員会から生態環境部に移行する。これによる具体的な影響はまだ見えないものの、制度設計やスケジュール自体には大きな影響はないだろうというのが大方の関係者の見方であった。

制度のスケジュール感だが、本格的な取引の開始は2020年以降であり、「ゆっくり着実に」という印象であった。認証機関や市場関係者は、欧米や日本での制度設計の経緯をよく勉強していて、レベルはかなり高いという印象も持った。

特に興味深いのは、中国の8カ所(2省5都市で始まって2017年から福建省も参加)で行われている排出量と取引試行市場と、現在、制度設計が進んでいる全国統一市場は、しばらくの間は並存し、そのため価格も市場ごとに異なることである。その理由として、「試行市場と全国統一市場では参加する企業の規模が大きく異なる」「CCER(中国での温室効果ガス排出削減プロジェクトから発生するクレジット)で各市場はリンクしているものの、CCERの割合は小さく、受容するプロジェクトタイプも市場間で異なる」などがあげられた。

全国統一市場での対象となる電力産業に関しては、排出量の割り当てに関して各発電エネルギー技術ごとに11のベンチマーク(発電原単位)が設定されている。それらの具体的数値は誰がどのように決めたかと関係者に質問したところ、「政府と事業者との話し合いに基づいて、最終的に事業者の発電原単位のほぼ平均値に設定された」というのが答えであった。

また、EU市場などで問題となっている価格の低迷問題に関して最低価格や最高価格の設定可能性について聞いたところ、「そのような条項が入っている試行市場はすでに存在し、その効果もあってか、介入が必要となる状況はまだ発生していない」とのことであった。

さらに、EU市場や韓国市場とのリンクに関して質問したところ、「リンクの話は前からあるが、割り当ての厳しさなどが異なるため容易ではない」という答えであった。たしかに国内市場でのリンクさえも難しい状況で、国際市場のリンクはさらにハードルが高くなるのは理解できる。おそらく、よほどの便益が両者にとって見えない限り、異なる市場のリンクは実現しないだろう。

なお、前述のように、これまで環境保護部が提案していた炭素税導入の議論が再び盛り上がる可能性はある。しかし、環境保護部も硫黄酸化物(SOX)の排出量取引制度に関わっていた経緯があり、排出量取引制度の制度設計に関しては「素人」ではない。また、税と排出量取引制度の並存させるのはダブル規制や非効率という批判が出る可能性はあり、すでに複数の排出量取引制度が並存する中での制度設計は難しくなるとも思われる。

原子力発電の現状と将来

現在、世界でウラン精製工場などのインフラ建設も含めて原発を真剣に推進するという計画と能力を持っているのは世界で中国一国のみといっても過言ではない。その中国では、現在、38基の原発が稼働しており、20基が建設中である。政府目標は、2020年までに58GWであり、そのためには1〜2ヶ月に一基というハイペースでの建設が必要であった。しかし、実際にはその通りには進んでおらず、2016年と2017年の建設許可はいずれもゼロであった(2017年に稼働を開始したのは3基のみ)。したがって、上記の2020年目標の達成は不可能とされている[10]

[10] Feng Hao, 2018. Is China losing interest in nuclear power?, China Dialogue, 19.03.2018.

認可や建設が停滞している理由は、(1)福島第一原発事故後の安全性に対する強い関心、(2)相対的な経済性の悪化(工期の遅れを含む)、(3)電力需要の鈍化(2015年の電力消費量はわずか0.5%の伸び)、などが挙げられている。また、内陸部での建設を反対する知識人(例:国務院発展研究中心研究員の王示楠)などがメディアを通して発言したことの影響力も大きかったとされる。

今後、原子力発電が中国のエネルギーミックスでどのような役割を担うかは、関係者の間でも意見が分かれており、正確に見通すことは難しい。しかし、世界のトレンドが中国に及ばないということは考えられず、前述のように電力消費量の大幅な上昇が期待できない中、他の発電エネルギー技術との競争はより激しくなると思われる。また、市民社会が成熟するにつれて、反対運動も高まることも予想される。さらに、たとえ計画通りに原発が建設・稼働されたとしても、2030年での発電割合は10%程度であることは、中国での原発の役割を考える上で留意すべき点である。

なお、中国での原発推進は、日本での原発推進の口実として利用されている面もある。実際に、例えば米国の対米外交に影響力を持つアーミテージ・ナイ第三次レポート(2012年3月)では「中国は重要な原発輸出国に成長する可能性がある(中略)日本が遅れを取る訳にはいかない」「日本と米国は(原発促進において)政治的・商業的利益を共有している」「原発の安全かつ正しい発展と活用は、日本の包括的な安全保障の絶対不可欠」などの記述がある。「中国がやるから日本もやるべき」という議論は、単純ではあるものの、中国に何らかの対抗心を持つ人々にはアピールする力があるのだろう。

結びにかえて

筆者は「中国では日本人の感覚では信じられないような事がしばしば起こるが、そのすべてには簡単に無視したり、否定したりできない理由がある」という言葉を中国通の日本人から聞いたことがある。

たしかに、前述の、政府の施策によって1,000万人が暖房なしで冬を過ごさなければならないような状況は想像もできない。しかし、そのような状況が起きてしまう理由はあり、それを理解する、あるいは理解しようとする努力は、少なくとも研究者として、あるいは市場を通じて繋がっている消費者として必要だと思われる。

その一方で、中国にも「普遍化」の波は押し寄せている。市場主義やグローバリゼーションの深化が揺らぐことはなく、逆に、中国が世界における再生可能エネルギーのコモディティ化を促進しているとも言える。また、本稿では紙幅の都合で取り上げなかったが、最近になって中国政府は、プラスチックゴミの輸入禁止を決めた。これは、「西側先進国のゴミ捨て場」という役割を中国が脱して、環境という意味で「普通の国」になろうとする試みであり、国際社会に与えるインパクトは極めて大きい(西側先進国はかなり困っている)。

いずれにしろ、国際社会における中国の存在や役割が大きくなる中、中国と西側先進国との相違点や共通点を明らかにし、それがどのような意味を持つかというのは興味深い研究テーマでありつづける。そして、それらの変化のスピードが極めて速いことも中国を語る上で留意すべきポイントである。

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東京生まれ。東北大学東北アジア研究センター・同環境科学研究科教授。東京大学農学系研究科修士課程修了(農学修士)、インシアード(INSEAD)修了(経営学修士)、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了(学術博士)。京都大学経済研究所客員助教授などを経て現職。2010年〜2012年は(公財)地球環境戦略研究機関(IGES)気候変動グループ・ディレクターも兼務。著書に、『グリーン・ニューディール: 世界を動かすガバニング・アジェンダ』(岩波新書、2021年)、『脱「原発・温暖化」の経済学 』(共著、中央経済社、2018年)、『クライメート・ジャスティス:温暖化と国際交渉の政治・経済・哲学』(日本評論社、2015年)、『地球温暖化:ほぼすべての質問に答えます!』(岩波書店、2009年)など。

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