共有経済へのイノベーション(その1)

エネルギーは、近代社会以前には、エネルギー・コモンズ(共有資源)だった。しかし近代社会は、それを私有し国有していった。しかし巨大な気候変動リスクが顕在化している21世紀、再びエネルギーをコモンズとして認識し活用する方途の探求が求められている。この方向性を、オストロムに導かれつつ、今日立ち現れている共有経済(シェアリングエコノミー)の台頭の中で、歴史的に探求する。

自動車の相乗り

だいぶ前のことだが、私は数人の人々と車に乗り、朝の通勤時間帯に北陸自動車道を金沢市内に向かっていた。市内の道路に入るととたんに渋滞に巻き込まれた。ふとまわりの車を見ると、どれもドライバー1人しか乗っていない。「なんて無駄なことを!」。相乗りすれば、自動車の数を減らして道路の混雑が緩和されスムーズに運転でき、時間が短縮できるし、ガソリンも排気ガスも減らして環境にいいのに…。

数年前に、これが実際に海外で大規模に行われていることを知って驚いた。TEDに登場したロビン・チェイスのプレゼンテーションに出てくるカープーリング・コムのことだ。ドイツ、オーストリア、スイス、フランスなど40ヶ国で、70億人が利用し、750億リッターのガソリンを節約し、150トンのCO2 排出を抑制し、数千の友情が生まれているという。

ロビン・チェイス自身は、自動車そのものを貸してシェアするジップカーとバズカーの創始者だ。

チェイスは、2000年ボストンで短時間自動車を貸すカーシェアリングのジップカーを始めたとき、〈シェアリング〉の概念を広め持続可能な社会を作りたいと考えていたそうだ。ジップカーは、クルマ社会アメリカで自家用車所有信仰を崩壊させ、2011年ナスダックに上場した。2009年、フォードの会長は、「輸送の未来は、ジップカーと公共交通機関と自家用車のハイブリッドになるでしょう。」と発言した。2013年には4億ドルと言われるカーシェアリング市場の75%の市場占有率に達し76万人超の会員数に成長し、米レンタカー大手エイビスに5億ドルで買収された。

これに続いてチェイスはパリでバズカーを始めた。彼女は、ここで車両ではなくコミュニティに投資してソーシャル・キャピタルを充実させるため、〈ピアーズ会社〉という概念を考えだした。地域の人々が、地域の他の人々に自家用車を貸すシステムで、バズカーという会社は、インターネット上の無料プラットフォームを提供する。個人ではできない規模の経済を作るため、バズカーはまとまった資本の長期投資をして会社を設立し、専門知識を自動車オーナーとドライバーに提供し、サービスの基準と規約を定める。双方が満足する自動車保険の開発を損害保険会社と協議し、オーナーには運転記録と履歴をチェックできるようにし、ドライバーには低い免責の自己負担額とした。

要するにピアーズ会社というイノベーションは、オーナーとドライバーが価値観で共通する〈仲間(ピア)〉となるために、サービスと商品を提供し、一般的な会社が消費者に提供する仕事をするというビジネスモデルだといえる。オーナーとドライバーが主人公なので、有名人が宣伝するという古い広告はしない。

〈欲しいモノ〉から〈参加できるコト〉へ消費者のニーズは変化し、企業のブランドコンセプトもそう変わり、今やネット上のコミュニティがブランドを育てるようになっている。これはナイキが有名人にナイキマークを宣伝させた仕方を止めて、アップルと組んで立ち上げたランニングのためのランナーのコミュニティであるナイキプラスに注力していることにも現れている。

シェアリングエコノミー

こうした事例は、実はこの21世紀に勃興しつつあるシェアリングエコノミー(共有経済)というムーブメントの一部だ。一昨年3月、英国エコノミスト誌は、こう書いた。

「昨晩、4万人の人々が、192カ国の3万の市内の25万室の宿泊サービスを受けた。彼らは部屋の選択から全ての支払いをオンラインで済ませた。だが部屋のベッドは、ホテルチェーンというよりも、個別の個人が提供したものであった。ホストと顧客は、エアビーアンドビー(Airbnb)―サンフランシスコを基盤とする会社―によって組み合わされた。2008年に発足して以来、400万人以上の人々がそれを利用している。2012年だけで250万人の利用者があった。それは巨大で新しい「共有経済」―人々がベッド、自動車、ボート、その他の資産を、インターネット経由で直接お互いから賃貸しあう―の最も顕著な実例である。…共有経済は、消費者に対するインターネットの価値を示す最新の実例である。この台頭してきたモデルは、今や十分に大きく破壊的になり、規制当局や企業が目を覚ますのに十分である。それが測り知れない潜在力の印である。今やシェアリングについて気をとめ始める時だ。」(英国エコノミスト 2013.3.9)

なぜシェアリングエコノミーが台頭してきたのだろうか。20世紀の市場の巨大化による私有とハイパー消費が極限まで進行し、これでもかの浪費と環境破壊がギリギリのところまできたためだ。効率と私的利益の極大化をめざす中央集権的な20世紀型経済システムに基づく経済成長は、人々を欲望と貨幣のしもべにし、貧富の差や地域格差を極大化し、人々を孤立化させ、巨大な気候変動リスクを生み出した。このサインがリーマン・ショックだった。21世紀になって世界の賢明な人々は、こういうやり方はもう限界で、新しいやり方を創らないといけない、と考えるようになった。またその場合でも、お説教で倫理を強いる啓蒙的スタイルもまずく、人々が楽しく心豊かに他の人々とのつながりを回復しながら進めて行ける方法が必要だと考えたのだった。

シェアリングエコノミーは無理のない原理の上に成り立っている。考えてみると江戸時代以前の日本では、長い間、モノと労働とそれにお金の相互扶助が行われてきた。仏教で言えば、東大寺の盧遮那仏に体現されている〈融通無碍〉つまり心の差し障りを解いて人々が心通わすという相互の他者救済の教えがこの相互扶助の根底にある。日本人には昔からシェアリング・マインドがあったのだ。結(ゆい)、沖縄の『ゆいまーる』の結という言葉があるが、これは労働のシェアリングで、例えば飛騨白川郷のいくつもの茅葺き屋根の葺き替えや補修のために、労働力をお互いに提供する。北海道ではサケが豊漁の時、漁師はとなりの家の軒先にサケをつるす。これはモノのシェアリングだ。そして東日本の無尽、西日本の頼母子講、沖縄の模合というお金のシェアリングがあった。これがインターネットの技術とネットワークが加わるとソーシャルファイナンスとしてのクラウドファンディングになる。

我が国には古くから「山川薮沢の利は公私これを共にす」(養老律令757年)という考えがあった。公でも私でもなく〈共〉の領域、つまりシェアの領域が里山や奥山そして海などの「入会地」だった。入会地は英語で言えばコモンズで、コモンズは、占有(オキュパイ)せず、共有(シェア)して使う場所なのだ。資源の共有こそ、シェアリングのベースにある考えに他ならない。

ヨーロッパでも古代ローマでは、公園や道路など公共の物を「レ・パブリカ」(公共物)と呼び、空気や水、自然の動物、文化、言語、一般知識などを「レ・コミュニス」(共有物)と区別しており、15世紀まではこれが常識だったという。イギリスでコモンズとしての放牧地が囲い込まれて私有地化するのは18世紀になってからであり、私有欲望がコモンズを崩壊させる「コモンズの悲劇」をギャレット・ハーディンが書いたのは1968年だった。コモンズやシェアはDNAとして人間の心に深く刻まれている。だからこそ、それを呼び起こすシェアリングエコノミーは無理がなく普遍性がある。そしてインターネットとIOT(Internet of Things)つまりモノのインターネットにより、それが地球規模に広がる可能性が出てきたのだ。