トーマス・ゲルケ

ニューヨークタイムズ紙には事実を確認する時間もない

2015年4月17日

ニューヨークタイムズ紙(以下NYT紙)のエディ記者が再び、欧州連合(以下EU)及びドイツに関してひどく不正確な記事を執筆しました。特に、ドイツについては主に彼女自身の見解のみに基づいて書かれています。あるEUの調査結果が、記事の執筆の直接の動機となったようですが、彼女がこの調査を本当に読んだのか疑わざるを得ません。

「メリッサ・エディ(Melissa Eddy)記者は、普段は比較的豊富な知識と細心の注意に基づいて記事を執筆するのですが、」というのが私の同僚のアンドレアス・クレーマー(Andreas Kraemer)が、NYT紙の当記者の記事中の無用な誤解を修正した時に述べた彼女に対する評です。当時の彼の見立ては、この間違いは彼女が原因ではなく、「強権的な編集ガイダンス」の結果によるものだろうということでした。そして、このクレーマーの指摘は、NYT紙が編集委員会名義で、ドイツの原子力政策の文脈に関する間違った、落胆せざるを得ないお粗末な記事(Hack job)を公開したわずか半年後のことでした。エディ記者の今回の記事は、彼女個人の見解を基に執筆されていますが、恐らくNYT紙の編集委員会の共有している見解の1つであろうと思われます。NYT紙が今なお事実調査員(fact checker)を抱えているのであれば、彼らと記者たちは集団思考に陥っているのでしょう。

ドイツを「環境保護がまるで宗教となっている」国とした記述は、記事内のその他の信じがたい主張と同様、これを補完する説明文も外部の引用も示されていません。加えて、彼女の記事には執筆の動機となった「火曜日(3月3日)に欧州環境機関(EEA)が公開した」報告書についてリンクも報告書の名前も示されていませんが、私はEEAが火曜日に公表した唯一の報告書である「欧州の環境:現状と見通し2015年版(European Environment:State and outlook 2015)」の総括報告書を指しているのではないかと思います。

NYT紙はすでに間違いの1つを修正していますが(当該記事下部に記述あり)、しかしこの修正すら間違っています。この修正部分で「ドイツとベルギー(ドイツだけでなく)のみが、EU加盟国の中で2020年の排出目標達成の道筋から外れている」と述べています。しかし、EEAの報告書は、2020年のCO2排出目標について、加盟国の個別の達成度については一切言及していないように見えます(もし私の見逃しであれば、コメント欄で教えてください)。各加盟国が排出権取引スキーム(EU-ETS、ウォーターベッド効果に関する議論はこちらを参照)において国家目標を設置していないこと、「依然として13の加盟国が、2020年の国家排出削減目標を達成するために、EU-ETSがカバーしていないセクターについて追加の政策と実施手段を導入する必要がある」と欧州委員会が先日公表したことは周知の事実です。

その他、彼女の記事の中で根拠が不明な記述として以下のものが挙げられます;

  • 「ヨーロッパ人は、気候変動がもたらす最悪の結果を回避するために、時には経済的利益を度外視しても、先導的な役割を果たしてきた」
  • 「ドイツは今後6年間、毎年排出量を3.5%削減しなければならず、結果としてエネルギーコストが大幅に増加すると考えられる」
  • 「ヨーロッパで一番の経済を誇る(一体何を基準にしているかが分かりませんが)ドイツは、ヨーロッパで排出量とエネルギー消費が昨年大幅に増加した唯一の国である」

明らかに、エディ記者は、ドイツが昨年に排出量を4〜5%削減し(詳細な数字の公表は今夏)、エネルギー消費も大幅に削減したというニュースを聞き逃しています。彼女の示した数字は恐らく2013年のものだろうと思います。この年、ドイツの排出量は、エディ記者の言葉を借りれば「重大なレベル」にあたる1.2%も上昇しました。ただし、エネルギーの専門家は2013年の僅かな変動は極端な厳冬と記録的な電力輸出によるものであり、輸出相手国の第2位は原子力を推進するフランスであったと述べているにもかかわらず、NYT紙はこの事実に触れていません。

事実に代わって報道されているのは、以下の様な内容です:

2022年に国内の原子炉をすべて停止するという競争の結果、電力の安定供給のために、例えば多くの電力事業者が化石燃料の中でも最も安価で最も汚染度がひどい褐炭を使う事態になっています。そのために、炭素排出量が増加しているのです。

私の記事を定期的に読んでいる方は以下の事実を知っていると思います(PDF):

  • 新規の褐炭・石炭火力発電所は、原子力を代替するために建設されるものではありません、
  • 脱原発の最中においても電力セクターにおける褐炭の使用量は一定で増加していません。なぜなら・・・、
  • 再エネは2011年以降、原子力の発電容量の縮小よりも速いペースで成長しており、天然ガス火力の大部分を代替し、電力セクターにおける石炭の代替も進んでいます。そのため、
  • 新規の褐炭・石炭火力発電所を建設する企業は設備稼働率が低下し続ける問題に直面しており、建設すべきでなかったと考えています。
ハインリッヒ・ベル・財団
ハインリッヒ・ベル財団

驚くべきことに、EEAの報告書には、彼女の主張の内容と一致するものが1つもありません。記者は明らかに限られた情報のみに基づいた見解を記事にまとめていますが、その情報ですら間違った読み方をしているようです。EEAの報告書をまとめた他の記事を見れば、ガーディアン紙(Gurdian)は大気汚染に焦点を当てていますし、ロイター紙は地球温暖化に限らない、生物種の減少やエコロジカル・フットプリントなどの報告書のより大きな観点を強調しています。この記事のどちらもドイツに言及していません。

212ページにおよぶ報告書の中で、ドイツについて言及している部分はなんと4回しかありません。1つ目がEU加盟国リストの中で、さらに参考文献の中で、そして「自治体の廃棄物リサイクル」リストの中で(ドイツは1番目にリストアップされています)、最後に都市化(Urbanization)の類型化の中でです。まとめると、この報告書はエディ記者の執筆の動機にはなりえず、EEAはこの報告書以外には何も件の火曜日には公表していなかったのです。

最後に、エディ記者は、米国が今後15年間で排出量を減少させていくことについて2014年に中国と合意に至った点を評価している点も指摘しておきます。記者は「米国議会が自国の経済に打撃を与えることを懸念したために、1997年に京都議定書の批准が見送られた」ことを指摘した直後にこの合意を賞賛したことは、多少狂信的な愛国心を示したと言えるでしょう。私達はドイツとEUの事例から排出量の削減は経済に悪影響を与えないことを知っています:「EUはGDPを1990年から2012年の間に45%成長」させる間に温室効果ガス排出量を19%削減させています。これはエディ記者にとっては決定的な反証でしょう。つまり、環境保護が経済成長の妨げになるという彼女の度重なる主張は盲信であると言えるでしょう。

トーマス・ゲルケ
トーマス・ゲルケ

エディ記者の記事には、ドイツが1990年から2012年までの間(京都議定書拘束期間)に排出量を24.7%削減させた一方、米国は7.5%増加させた点について全く触れていません(注意:米国にはシェールガスブームによってアメリカが京都議定書の目標である7%排出削減を実現できると信じている人もいます)。エディ記者の言う「より後ろ向きの国」とは「中国やインド」を指すのであって米国ではありません。

最後に米国人として、米国人ほど環境に関連したテーマについて宗教的な見方をする人々はいないという私の考えを付け加えたいと思います。その他の世界では環境問題は科学なのです。

クレイグ・モリス@PPchef

元記事:Renewables International, No time for fact checking at the New York Times(2015年3月4日)ISEPによる翻訳

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