ポイント・オブ・ノーリターン

2015年4月29日

異次元の金融緩和をはじめとするアベノミクスは明らかに失敗しています。これが民主党政権だったら袋だたきにされているはずです。2013年4月に、消費者物価上昇率2%、名目経済成長率3%以上という目標を掲げて異次元の金融緩和が始まりましたが、2月の消費者物価上昇率は、消費税増税の影響分を除くと、ゼロ%にまで落ちてきました。デフレ経済への逆戻りが懸念されています。

アベノミクスは失敗している

いくつかの経済指標を見てみましょう。

2月の家計消費は11ヶ月連続のマイナスでした。耐久消費財の減少も続いています。自動車販売台数も住宅新規着工数も12ヶ月連続マイナスです。実際、4月の世論調査(朝日新聞)でも「景気回復の実感がない」が75%を占めています。

格差の拡大も進んでいます。株価が1万9千円を超える一方で、再び貧困の拡大が起き始めているからです。2015年1月の生活保護世帯は約162万世帯、受給者数も約217万人と過去最高になりました。さらに4月以降は、高齢者では、年金のマクロスライド方式の適用、あるいは年金保険料引上げと支給額の削減が続いています。

一方、全国1741市区町村の納税者1人当たりの年間平均所得を見ると、アベノミクスが始まった2013年以降にジニ係数が上昇して、地域間の所得格差が拡大しています。アベノミクスがもたらす株高や不動産高の恩恵が、大都市の一部自治体に集中しているためだと言われています。

たしかに、15年3月末の大手企業の決算では史上最高益を記録しましたが、その利益が従業員や下請け企業にしたたり落ちていくトリクルダウンは起きていません。

昨年度は、株主配当が9兆4600億円、自社株買いが3兆3600億円で、株主還元の総額は12兆8000億円になります。一方、実質賃金は22ヶ月連続マイナスになっています。金融資本主義の下では、トリクルダウンは起きず、大企業は利益を賃金に回さずに株主に回すことになってしまい、格差の拡大を招いているのです。

官製相場と株高の意味

2015年4月の統一地方選を前に、日経平均株価は1万9千円台に乗せました。

この株高の背景には、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の株式購入があります。2014年末時点ですでにGPIFが持つ株式は27.4兆円、3つの共済年金も3.6兆円で30兆円を超えていましたが、昨年10月末以降さらに株式運用比率を増大させる方針を決めました。

日銀も2013年以降、ETF(指数連動型上場投資信託受益権)を累計で2兆8800億円あまりも購入しています。

株式市場は、政府や日銀が介入して株価をつり上げる官製相場になっています。

このような多額の年金積立金の株式運用は、異次元の金融緩和の失敗と深い関係があります。

ひとつは、長期金利の異常な低さが長く続くと、130兆円あまりの年金の積立金の運用益は上がりません。実際、10年ものの国債の利回りは、0.3%~0.4%の低さです。そこで株式運用を増やすことで、5%以上の運用益を上げて帳尻合わせをしようとしているのです。

もうひとつは、金融緩和がもたらす円安は、日本株に投資する外国人投資家にとっては株安になります。それゆえ円安に見合って株価を上昇させないと、外国人投資家が逃げて、株価が暴落してしまいます。

このようにアベノミクスが失敗しても、失敗を認めずに異常な金融緩和を続けざるをえないがゆえに、泥沼のような年金基金や日銀資金の注入を招いているのです。

株価と内閣支持率は連動します。つまり株価が上昇すれば内閣支持率が高くなる傾向があるために、選挙の時に年金や日銀による株式購入がひどくなっている点が問題です。

2014年12月の総選挙前を思い出してみましょう。

同年10月31日に、前夜に米国の株価が221ドル上昇したのを受け、政府はGPIFで年金の株式運用を倍にするニュースを流し、年金積立金が国債から株式にシフトすると国債価格が下落するので、日銀はそれに合わせて追加的金融緩和策を打ちました。政治とカネ、経済指標の落ち込みで安倍政権が苦しい状況で打った株価つり上げ策は、「効果」を上げました。

10月31日の株価は755円上昇。為替レートも112円につける円安になりました。さらに11月4日も、株価は大幅な株価上昇で、株価は1万7千円を超えました。円も114円まで下落しました。そして総選挙を迎えたのです。

いま統一地方選挙で同じ状況が生まれています。

安倍政権になってから、このように国民の財産である年金を自らの政治的支持をつなぎとめるために利用する姿勢が顕著になっています。そもそもこうした株価のつり上げ策は、年金を使い国民の財産をリスクにさらし、日銀は独立性を失って出口を失うという問題があります。株価が下落した場合、年金積立金に大きな損失をもたらすことになるからです。しかもGPIFの運用は、合議制でなく理事長専決の不透明な運営の下で決められているから、政権が勝手に国民の財産を「ギャンブル」的に使えるのです。

現在、安倍政権は、統一地方選のために株価のつり上げや財政出動を繰り返していますが、デフレ経済へ逆戻りする危険性が高まっています。このままでは、おそらく10%への消費税増税を実施するのは困難に陥るでしょう。安倍政権は再び昨年12月の総選挙時の公約を破る可能性が高まっています。それはアベノミクスの失敗をよりはっきりさせていまいます。

だからメディア圧力を加えてアベノミクス批判の封じ込めに必死なのです。そしてインフレターゲット論をとる安倍政権は、物価目標のコントロールには失敗していますが、メディアのコントロールには「成功」しています。

行き着くところまで行くしかないのか

これまで見てきたように、すでに2年間でベースマネーを2倍の270兆円にする異次元の金融緩和が行われたにもかかわらず、リフレ政策は、物価目標をはじめとする当初の目標を達成できていません。そして、ゼロ金利状況が長く続いて金利機能は麻痺し、さらに国債市場も株式市場も官製相場になり、金融市場の麻痺状況は一層進行しています。

こうした状況の下で、4月8日に日銀はさらに80兆円の追加金融緩和決めました。このような政策を継続することは果たして正しいのでしょうか。

肺炎なのに、風邪薬を飲んでも効かないから、もっと大量の風邪薬を飲めば治ると言っているかのようです。

まず日銀の当座預金勘定は200兆円を超えており、「第1の矢」の異次元の金融緩和で供給したマネーは銀行の手元に貯まりこんでいます。そのため景気を支えるには、「第2の矢」である財政出動を続けるしかありません。実際、商品券・サービス券や公共事業のバラマキを含んだ3兆円の補正予算に加えて、2015年度予算は96.3兆円と史上最大規模になりました。

結局のところ、異次元の金融緩和政策は、財政出動を行うために、ひたすら赤字国債を買い支える政策に陥ってきています。

このまま日銀が長期国債を買い続けると、日銀は最大の国債所有者になっていきます。実際、日銀の国債保有高は2013年3月に125兆円でしたが、14年3月に198兆円、今年3月には266兆円と、140兆円も増加しています。さらに、80兆円の金融緩和をやれば、早晩、日銀の保有する国債は300兆円を超えるでしょう。

日銀が最大の国債保有者になると、財政規律は大きく損なわれてしまいます。極端に言うと、政府が日銀の国債の利払い費を支払うと同時に、その分を日銀に日銀納付金として納めさせれば、政府は利払い費を払わずに、また国内貯蓄の制約を受けずに、国債を発行し続けることができます。実際に、安倍首相の3月10日付け国会答弁書によれば、最近の国債はなんと3分の2(62〜77%)を日銀が実質的に引き受けている状態です。

日銀が最大の国債所有者になれば、もはや金融緩和政策は出口を失ってしまうでしょう。日銀が国債買い入れを止めれば、たちまち国債価格は下落し長期金利が上昇してしまうからです。

金利の上昇は、政府にとって国債費を膨張させ、民間では設備投資や住宅投資などを抑制します。それゆえ、日銀は国債を永遠に買い続けなければならなくなっていくのです。

行き着くところまで行け、あとは知らない、です。

こうした状況は第2次大戦中を連想させます。

1100兆円、GDPの2倍にも及ぶ財政赤字は、第2次大戦中の水準に匹敵します。そして、この巨額の財政赤字を解消したのは終戦直後のハイパーインフレです。戦争や災害などによって供給上のネックが現れるとき、ハイパーインフレが起きます。しかし、ハイパーインフレはすぐに起こるわけではありません。

だからといって、財政金融政策を麻酔薬のように打ち続けても、日本経済の体力は弱っていき、やがては破綻に向かうしかなくなります。そのときでは遅すぎます。経済を再生するには、産業と雇用という体力を回復しなければなりません。そのために必要となるのは、地域に産業と雇用を作り出す産業戦略です。

地域に雇用を作り出す産業戦略を

今も依然として、終末論や消滅論が流行っていますが、意識的か無意識的かは別にして、これではまるで他人事のようで「何をしても仕方ない」「諦めろ」と言っているのと同じです。他方、IターンUターンを奪い合い、個別地域の生き残り競争を煽っても、日本の未来が切り開けません。

現状の閉塞感を打破するためには、歴史的転換期=危機を通じた資本主義の変化を分析する枠組みを革新し、新しい歴史認識に基づいて、地域分散ネットワーク型の産業と社会システムの未来を切り開くしかないのです。

ICTや蓄電技術を使った再生可能エネルギーという分散型エネルギーへの転換ための電力システム改革、6次産業化とエネルギー兼業農家、財源と権限の分権化による地域の医療・介護のネットワーク化=真の「包括ケア」などを突破口に、地域に産業と雇用を作り出すと同時に、地域の民主主義のシステムを創出するのです。

そのために重要になるのは、自由と平等と多様性を保障する制度やルールの「共有」という戦略なのです。

*現状を分析する新たな歴史認識の枠組みについて書いた、拙著『資本主義の克服「共有論」で社会を変える』(集英社新書)を読んでいただければ幸いです。

金子勝ブログ:ポイント・オブ・ノーリターン(2015年4月24日)より転載

2015年5月19日 WEBRONZA転載
2015年5月19日 WEBRONZA転載
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経済学者。慶應義塾大学経済学部教授。専門は、制度経済学、財政学、地方財政論。経済理論学会所属。著書に『新・反グローバリズム金融資本主義を超えて』(岩波現代文庫)、『「脱原発」成長論 新しい産業革命へ』(筑摩書房)、『失われた30年 逆転への最後の提言』(NHK出版)など多数。近著に『原発は火力より高い』(岩波書店)、『儲かる農業論 エネルギー兼業農家のススメ』(集英社新書)。

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