気候変動交渉の新しい鼓動

2015年7月17日

気候変動交渉をめぐる前提条件が急速に変化している。世界のビジネスリーダー、エネルギー企業や投資家は炭素価格の設定を求める声を強め、脱炭素経済を目指しつつある。また、米中の歴史的合意により従来の国家間対立の構図は変わりつつある。気候変動交渉の新しい鼓動を概観しよう。

脱炭素世界経済への動き

パリでのCOP21に向けて世界の世論が動きだした。一言でいえば「どうせやるならちゃんとやろう」というダイナミズムだ。その象徴的な例はドイツのエルマウ城で6月上旬に開かれたG7サミットだ。ここで首脳らは2℃の実現に向けてIPCCの数値的示唆を再確認し、今世紀中に全球で「脱炭素(decarbonization)」[1]に向かう決意を表明した。2030年にどうするかを決めるだけでは温暖化を防止したことにはならない。やるなら「脱炭素」を期限内に実現しなければやる意味がない。この当たり前なことがやっと決まった。欧米のメディアは歴史的なこととして報じた[2]。こここそが肝心な切り口だからだ。

ビジネスも大きく動き始めた。千人の世界の主要ビジネス指導者が参加して5月後半パリで開かれた「ビジネス・気候変動サミット」の議論[3]は、むしろビジネスが脱炭素への急進派であることを示している。「世界規模の脱炭素システム」を志向する世界的産業団体、研究機関、都市連合等は多い。彼らに共通している思考は気候の安定がなければ経済の安定成長はないというものだ。気候の安定化にはもはや「漸進的改良主義(incremental actions)」ではダメだ。「BAU」[4]は選択肢でない。エネルギー経済の真の構造変革(step change)が必要で、そのためには政府はパリのCOPで2℃を実現する具体策を可視化しろ。それが脱炭素に向かおうとするビジネスに信頼性を与える… およそこういう議論であった。

リチャード・ブランソン(バージン社)やポール・ポールソン(ユニリーバ社)らでつくる「The B Team」 はかねてからネット・ゼロを実現しろと政府に要求してきた[5]。彼らはパリに向けてビジネスをたばねて政府にネット・ゼロを迫る勢いだ。「We mean business(WMB)」というグローバルなビジネス団体も同様な要求をしている。2℃を明示的に規定して長期の脱炭素を実現するべきだと論じている。彼らはG7会議の直前に全首脳に書簡を送りつけた[6]

ここにあげた事例は多数の事象のごく一部だ。しかしこれは新しい動きを示している。従来、ビジネスは技術を提供することで温暖化防止に貢献するという議論であった。いわば外縁にいて「我々を利用しろ」という姿勢だった。しかし今や、議論の内側に入り込んでほとんど「我々のいう通りにしろ」と言いはじめている。そうでなければ世界経済の成長はないという彼らの信念が突き動かしているようだ。

今回のG7の脱炭素宣言を契機としてネット・ゼロへの動きは強まるだろう。下記の国際エネルギー機関(IEA)の最新の分析で5年ごとに削減量等を管理する体制をとるべきだと論じたのはネット・ゼロを意識している。

炭素価格

一方、炭素価格設定についても広範で強力な要求がビジネス界から突き付けられている。これも、どうせやるなら最低コストでという国際世論を反映したものだ。ここでも事例は枚挙に暇がない。例えば、24兆ドルの資金を運用する機関投資家団体は気候変動の挑戦に立ち向かえるように安定的で経済的に意味のある炭素価格を設定するべきだと既に2014年から要求していた[7]

オランド大統領は今回のビジネス・サミットで「炭素価格は政府がビジネスに送るもっとも明白なシグナルだ」と論じた[8]。炭素価格の設定は経済学者がもっとも有効な温暖化防止策としてこぞって推奨しているが国家元首としてほとんど初めて明示的に言及したものだ。フィゲレスUNFCCC事務局長は現在40件ある炭素市場を連結することは可能だと述べた。

最近さらにもっと驚くべきことが起きた。欧州の有名石油ガス会社6社の社長が連名でCOP21の議長であるフランスのファビウス外相とUNFCCCのフィゲレス事務局長に書簡を送り、意味ある炭素価格の設定を要求したのだ[9]。彼らは2℃実現を視野に入れて行動すると述べ、そのためには意味のある炭素価格が必要だと述べている。事態はここまで来たのかという感がある。今回は欧州の会社が主体だが炭素価格という点ではエクソン・モービル社も支持派だ。エクソンの創業家のロックフェラー家は2008年ごろから同社のティラーマン社長に対し、温暖化の深刻さに鑑み、化石燃料主体の事業形態を変えろと強く要求してきた。当初は頑強に拒絶してきた同社長も最近は少しずつ譲歩して今日では炭素税を受け入れるところまで来ている[10]。炭素税は炭素に値段をつける一手段だ。

元来、炭素市場でCO2の排出に値段をつけると人々は高価になった炭素製品を使わないで再エネに移行し、企業は効率化投資を強化するので費用効果的に温暖化を抑える最良の手段とされてきた。世銀が全世界的に旗振りをしているほか、非常に多くの研究所や専門家集団が炭素価格の設定を要求している。IMF、OECD等の国際機関は以前から炭素価格設定論者であった。しかし、欧州のEU ETSの例でも明らかな通り、各国ごとの炭素市場は制度設計が恣意的になり市場の体をなしていない。しかも各国ごとの独自の市場制度では、競争上の危険があるので非効率だということになっていて、その連結(linking)が課題になっている。

最近、世界ビジネスはそういう現状を踏まえ、政府に対して有効な国際的炭素価格の設定を要求しているということだ。ビジネスは自分たちも温暖化防止に参加するので、そのために、政府は数量規制等をするのではなく、市場で正しい価格が生まれるように制度設計をするべきだと論じているのだ。この世界ビジネスの要求にパリのCOPがどう対応するかが大きな問題である。

IEAも脱炭素志向

「脱炭素」という用語はドイツでのG7サミットの後、すぐに常用語になった。6月15日ロンドンで発表されたIEAの浩瀚な分析[11]では現状の国別削減誓約を合計しても2℃実現には不十分とした上で、そのための強力な政策につなぐ橋渡しとしてまず2020年に全球のCO2排出をピークにもっていくことを提案している。「ブリッジ・シナリオ」と称されるこの提案は以下の5項目を提示し、これらを実行することで2020年にピークにもっていくことが可能であり、しかもそれは現状の技術でかつ成長を阻害しないでできると論じている。

5項目は、(1)省エネと効率の強化、(2)非効率石炭火力の廃止、(3)再エネへの投資拡大、(4)補助金の廃止、(5)随伴メタンの処理である。この内、石炭に関してはエネルギー効率が最低水準の石炭火力発電所は早急に廃止されなければならないが、現在の最高効率のものでも問題なしとしないとしている。現状での最高効率の火力発電でも2℃に到達する脱炭素の域に達しないと論じている([11] P84)。再エネについては、現状から導入量を3倍に増やし2040年には発電容量を6,200GWの規模にもっていく必要があり、このために再エネへの投資拡大を図り2014年2,700億ドルから2030年には4,000億ドルの規模まで引き上げる必要があるとしている。その結果、再エネは全球総発電容量の32%を占める最大エネルギーとなる。全体としてエネルギーセクターの大規模で急速な脱炭素化が圧倒的に必要だと強く論じている。ここが今回の最大のメッセージだ。

そして、方法論の面でも強い提案をしている。重要な点は全球GHG排出を2020年以降下降径路にもっていく条件を定め、国ごとに5年ごとに削減量の深堀の可能性を探求し、2℃実現ビジョンを各自の長期ビジョンとして確立し、実行を追跡しなければならないと述べている。要するにどの国も自分の問題として、長期のビジョンを確立し、正しい政策を立案し、真面目に工程管理をするべきだと論じている。さらに、エネルギーと気候変動の面で強力な対策を取ろうとしない企業は競争上の不利を免れないと警告している。

このように各国が自分の問題として脱炭素のエネルギー体系を確立することが、投資を誘導し、新技術への投資インセンティブを提供し、炭素価格の設定などの強力な国内措置を取りやすくなるとも述べている([11] P131)。ここでもIEAは脱炭素を実現して行くには炭素価格等の有効な政策を選択し、長期的な作業をするべきだと論じている。彼らもやるからにはちゃんとやるべきだと論じ始めたと見える。

最後に

今回のIEAの分析は冒頭でエネルギー起源のCO2の排出量は2014年はじめて横倍になったと報告している。世界経済は3%の成長を遂げたにもかかわらずCO2の排出は増加しなかった。これには中国での石炭の消費低下、再エネの拡大等が関係していると分析している。このデカップリングが今後も続くとの保証はないが、脱炭素はできるか/できないかも不明な遠い将来のハナシだと思われているとき、小さな希望を抱かせるだけのことはある。どうやらIEAも「どうせやるならちゃんとやろう、そしてやればできる」というメッセージを世界に送ろうとしているらしい。

日本にとって重要なことは柔軟な目で対応することだ。例えば、国家間の関係やビジネスとの関係などが躍動的に動きはじめた。IEAはこのような展開の背後に米中の歴史的合意があり、またエネルギー企業や投資家が行動しはじめた結果だと分析している。これまでの国家間の2項対立という視点はほとんど無意味になった。中国自身が、レトリックはともかく、実際上相当大きなことをやろうとしているのは明らかだ。日本は、米国やEUが温暖化問題で中国と綿密に議論している様子にもっと注目する必要がある。日本が舞台の中心にいないことを嘆く必要はないが、世界がどの方向に行こうとしているかは鋭敏に把握しておく必要がある。

参考

[1] 世界のエネルギー供給システムから化石燃料を一定期間内に排除すること。ネット・ゼロと同じ概念。

[2] International Business Times “Climate deal likely at Paris 2015 conference after G7 decarbonization pledge says Sir David King” June 11, 2015. Project Syndicate “The G-7 Embraces Decarbonization” June 10, 2015. The Guardian “G7 leaders agree to phase out fossil fuel use by end of century” June 8, 2015. Deutsche Welle “Germany to push environmental agenda at G7 summit” June 5, 2015.

[3] Business & Climate “Business & Climate Summit conclusions: towards a low-carbon society” May, 2015.

[4]「BAU (Business As Usual) 」は従来通りの伸び率で今後も活動するという意味の常套句。

[5] The B Team “Plan B” 2015.

[6] We mean business “Open letter to the G7 Heads of State and Governments” June 5, 2015.

[7] United Nation Environmental Programme “World’s Leading Institutional Investors Managing $24 Trillion Call for Carbon Pricing, Ambitious Global Climate Deal” September 18, 2014.

[8] Élysée “Discours lors de l’ouverture du « Sommet des Entreprises pour le Climat” May 20, 2015. Business Green “French President Hollande joins with businesses in call for global carbon price” May 20, 2015. The Climate Group “200 DAYS BEFORE COP21 PRESIDENT HOLLANDE SAYS BUSINESS VITAL TO “TRANSFORMATION OF THE WORLD” THAT GLOBAL CLIMATE DEAL ENTAILS” May 21, 2015.

[9] BG group, BP, Eni, Royal Dutch Shell, Statoil and Total “Open letter to Christiana Figueres and Laurent Fabius” May 29, 2015. AFP “Six energy companies call for carbon pricing” June 1, 2015. Reuters “UPDATE 3-Europe’s top oil firms jointly call for carbon pricing” June 1, 2015. Reuters “Big firms brace for global carbon price rollout: report” September 15, 2014.

[10] The Guardian “Rockefeller family tried and failed to get ExxonMobil to accept climate change” March 27, 2015.

[11] IEA “IEA sets out pillars for success at COP21” June 15, 2015.


本項はWEBRONZAに掲載された拙稿「経済が「脱炭素」を求めている – COP21に向け、温暖化交渉の新しい鼓動」(2015年6月24日)に若干加筆したものである。

2015年6月24日 WEBRONZA掲載記事より改稿
2015年6月24日 WEBRONZA掲載記事より改稿
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