デンマークに見る現代エネルギーデモクラシーの源流

信頼と価値創造

− いろいろキーワードや切り口があると思いますが、長期的な時間軸で考えて、過去・現在・未来という流れで議論を進めていきたいと思います。まずは過去について、歴史的背景からデンマークと日本を見たときに、社会システムや価値創造の面で共通点や相違点はどのようなところにあるのでしょうか。

飯田 価値創造というか、新しいものを生み出すという点でいうと「エコロジー的近代化[1]」がひとつの分岐点だったように思います。

[1]「エコロジー的近代化(Ecological modernization)」は、環境問題に対して対症療法的なアプローチではなく、現行の政治・経済・社会の制度に環境配慮を内部化し、構造的に環境問題を解決することを志向する言説群。

環境運動の歴史をひも解くと、60年代以前は遠くにある美しい自然を都市の富裕層が守るというロマン主義的な環境保護だったのですが、レイチェル・カーソン以降、環境は自分たちの内側にあるという方向に変わっていきました。そういった価値転換が60年代を通して起こり、デンマークでは新しいラディカルな環境保護運動につながり、日本では水俣病の経験もあり、大きく環境運動そのものが変わっていきます。

その流れのなかで地球サミットが開かれ、1972年に『成長の限界』が発表され、石油ショックが起こり、原発をつくろうという時代に入っていきました。そういった時代背景というか、社会のあり方の変化のなかでOOAやOVEといった組織の台頭が70年代にあって、日本もある程度は同じように展開していくのですが、その先が違ってきます。

デンマークや欧州は、そこから盛んにエコロジー的近代化を社会に内面化させていきました。これは、反対運動の二項対立的思考を乗り越えて、新しい環境政策や環境技術・ビジネスを生み出そうとする政治・経済的側面があって、特に80年代のデンマークは二項対立的なモードのOOAと、新しいものを生み出そうするモードのOVEが別々に連携しながら活動を進めていく状況があって、すごく戦略的というか、先見的だったと思います。

一方で、当時、日本でも新しい運動をつくろうとする人はいましたけど、社会の全体の価値として広がるまでには至らなかった。実質的に私がこの分野に入ったのもリオサミットのころからでしたが、その当時でも反原発運動しかなかった。新しいものをつくる議論やそれが交わされる場がなかった。挑戦しようとする人の課題だったのか、体制の問題なのか、あるいは大学などの先生があまりコミットしてなかったのか。

そういう歴史的な流れのなかで現れる新しい変化を、それはまさに価値創造なのですが、ほのかな変化を日本は排除してしまって、そこが結果として大きな違いをもたらしたのだと思います。

中島 そのOOAとOVEの仕組みを作ったのは誰だったのですか。

飯田 ヨアン・ノルゴーはもちろん、いろいろな人がある程度両方にまたがってかかわっていたようで、片方だけにかかわる人もいました。それでも組織としては2つを意図的に切り分けて話をしていたということはありますね。

中島 まさにそういった異なるフレームを連携させて、仕掛けながら戦略的にやっていた訳ですね。私も大使館での仕事を通じて日々エネルギーや他分野の戦略も見ていますが、デンマーク人はそういうのがうまいです。単に枠組み、フレームをつくるのではなく、二項対立にならない様に、議論が活性化する要素をあえて入れたりして、世論に働きかけたり、そこから新機軸を探るための議論をはじめていくのが上手ですね。

飯田 私は、価値そのものをつくる力量(コンテンツ)はデンマークも日本人も同じぐらいであまり変わらないように思います。

ただ、日本の場合は過去の文脈(コンテキスト)が先にきてしまう。原発と自然エネルギーの導入見通しについても、過去のシナリオで想定していた前提が大きく変わっていて、現実にどんどん自然エネルギーの導入が増えていくトレンドに入っているにもかかわらず、そういった変化の萌芽や新しいことを無視してしまう。そこが大きい。

特に官僚システムは、そもそも価値を生み出していないというか、すでにつくり出されている状況の正統性を守るのがなにより大事で、それを脅かすモノゴトを恐れてしまう。そういったところに日本とデンマークやEUの間で差があって、価値創造に着目すると違いが生まれているように思います。

中島 70年代に日本でも議論はあったが浸透しなかったという話に関係するかと思いますが、私がデンマークの政治家や官僚、民間の人と議論するなかで感じたものは、まず、一人一人が自分の理念や価値観、哲学を持った上で議論するところが違いますよね。信念をもっていて、制約や修正があるとしても、あまりブレない。

そして、もう一つは情報が公平に扱われている。政治家だろうが、官僚だろうが誰でも持っている情報は皆同じ。これは非常に大事なことだと思います。ですから、学生でも主婦でも対等な立場で議論がスタート出来ます。従って立場に関係なく建設的な議論が行われる。

また、小さな国で移民も受け入れていることと関係しているかもしれませんが、議論や、合意形成、異なる意見の集約に慣れており、その為の方法論も持っているこれは大きいです。課題を解決する際、その場をどの様に導いていくか、程度の差はあれ皆が感覚的にわかっている。肩書きや名声などで人を判断することもありませんので、議論の場において地位が高い特定の人の意見に流されることもない。

こうしたことは日本が学ぶべき点ですね。日本でもデザイン思考を取り入れた新しい対話の方法論が議論されはじめていますが、大抵の場合新しいやり方を試みている大手企業や大学などに限られていて、自治会などの地域コミュニティ活動で積極的に使われるケースはまだまだ少ないですよね。

− 「豊かさ」の話について、北欧は高い税負担のもとで社会を支える分配のシステムがつくられていますが、それはどのように維持しているのでしょうか。

中島 たしかに高い税率による所得再分配のシステムが機能していますが、実際は維持していくのも簡単ではありません。大事なことはデンマークも現在の社会システムを歴史の中で長い時間をかけて実現してきたということです。福祉などの社会保障制度にしても失敗もたくさんしていますし、今も制度を改革しています。目の前の問題を放置せず、いかに皆が納得する解決策を導き出せるか?コンセンサスというか、丁寧なアプローチで合意形成を図っていることは私たち日本人も見習う点だといえます。

飯田 税負担率も70%ぐらいですよね。社会保障と税を合わせて。そこには量と質の問題があって、 基本的には政府に対する信頼感が違っていて、北欧の人たちは喜んで支払って、その恩恵が目に見えてくる。例えば大学などは基本的に無料です。日本は粛々と払うが、その恩恵が目に見えない。不透明ですよね。そこが非常に問題ですね。税率が低くても教育や福祉や税の使途に不満があるような。

中島 彼らは高い税金は将来に対する投資だと言っています。ほとんどのデンマーク人は税金として支払った分は将来プラスになって還元されるという確信があるので、不満を感じていません。

政府に対する信頼については外務省でもよく話題に出ます。私どもの大使も「政治に対する信頼と政治家による意思決定」が重要だと言っています。デンマークの政治家が来日するときに聞くようにしているのですが、彼らに「なぜその政策を採るのですか?」と聞くと、多くの方が「長期的な視点で自分の孫や曾孫の世代が豊かになること、また、次世代のデンマークの子供たちが世界とかかわり尊敬されながらリーダーシップを発揮できるような環境をつくるためだ」ということ真顔で答えます。これによって地域社会から信頼を得る。

飯田 国民総背番号制が早くから実施されていて、それが税金とも紐付けられているので所得がわかるんですよね。その透明性に支えられた信頼がある。

それと、あらゆるモノゴトの究極的な目的は幸せであるという暗黙の前提があるので、結局は組織やモノじゃなくて人間にとってなにがいいのかという観点からモノゴトを組み立ている。

日本のエネルギー政策はこれとはまったく対照的で、例えば国の研究開発費でいうと、かつて原発が全体の90%で再エネは10%程度でした。その額の違いも大きいのですが、問題はその中身で、ほとんどが役に立つかどうかもわからない技術の実証実験に対する補助金になっている。ユーザーにとってどんな効果があるのかきちんと検証していない。上から目線でモノゴトが進んでいる。

原子力については、日本の中で知識を生み出して蓄積していないので中身がないというか、アメリカの基準を持ってきて横文字を縦書きにして電気事業法の中に入れている。なので、表向きはきれいに見えても身のあるものになっていない。

一方で、デンマークのいわゆる「スマートエネルギーシステム」は身のあるものを積み重ねてきているのですごく進化している。1980年代からコジェネも含めて地域熱供給が広がり、1990〜2000年代にかけて電力市場との統合がはじまる。すると、バイオマスなどの資源の価格動向を見ながら、時々刻々と変わる風力発電の発電状況が影響を与えるノルドプール[2]の電力スポット価格の指標を見つつ、エネルギー経済的に最適な熱と電力の供給を選択していくようになる。まさにスマート化が進んでいます。

[2]「ノルドプール(Nord Pool)」は、北欧4カ国が参加する国際電力取引市場。1996年にノルウェーの電力取引市場にスウェーデンが加わり、その後フィンランドとデンマークが参加し、2000年に4カ国の電力市場が統合されている。

その間に日本はなにをやってきたのかと。価値無創造というか、ひとつひとつのつくりはちゃんとしているように見えても、10年ぐらいの間隔で見るとなにも残っていない。

中島 同じようなことを日本のサービスロボット分野でも感じています。従来までに数百億円を超える国費が投入されていますが、未だ本当に国民のためになるシステムが開発されているとは言い難い。特に介護ロボットなどは縦割り行政の弊害で開発が進まなかった反省から、ようやく省庁横断的な動きが出てきて、厚生労働省は医療・福祉など現場の視点、経済産業省は産業化の視点で連携しています。しかし、問題は肝心の利用者が主体になっていない。そうなるとユーザーにとっても本当に必要な製品が作られない。そして中途半端なロボットが開発されて、福祉現場も使えない製品は不要だとなってせっかく作られたロボットが放置されたり、開発のための補助金が余ってしまう事態にもなっています。福祉現場は人手が足りず、有用なシステムであればすぐにでも使って福祉サービスを改善したいはずなのに残念なことです。その意味で、利用者中心の視点を組み込むことは非常に重要な点だと思います。人間中心主義ですね。

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