デンマークに見る現代エネルギーデモクラシーの源流

地域の未来と価値創造

− 日本とデンマークの過去から現在の流れを踏まえた上で、「分散型」「共生デザイン」といったようなキーワードがあるかと思いますが、未来について、地域からの視点も交えつつ、これから先の20〜30年はどのような価値を生み出し、現実をつくっていくことが必要でしょうか。

飯田 目に浮かぶ風景として、日本の地域をずっと回っていると、素敵でおしゃれな場所もありますが、総じて駅前の風景って、消費者金融とパチンコとコンビニで成り立っていて、無味乾燥というか。それに対してデンマークだとサムソ島のような小さな場所でも知的な密度感というか、文化的な空間が必ず整っていて、日本の地域の風景との違いが著しい。

同じように資本主義でありながらも視覚的な風景だけでもそういった落差がある。お金の話もあるかもしれないけれど、突き詰めると一人一人がどんな価値をその社会の中で発揮しているのかが、最終的にはそういった街並みのあり方にまで現れてくるのではないかと思います。

中島 スマートコミュニティなどでそれが話題になっています。例えば日本の新幹線の駅周辺はみな同じ風景ですよね。

コペンハーゲンでは、どうやってコンパクトで持続可能な都市をつくるかを議論しながら設計をしています。市民も含めたさまざまな参加者が豊かな都市についてのイメージを語り合い、また具体的な進め方も幅広く議論しています。

日本のスマートシティを推進する時その利害関係者は、たいていの場合、地方自治体、IT企業、ゼネコン、ハウスメーカーそして電力会社です。どこのスマートシティプロジェクトでもほとんど同じ構成です。

デンマークですと、これらに加えて大学、研究機関、デザイナー、文化人類学者、場合によってはアーティストなど芸術家が入ってくる。日本人からすれば「なぜ?」と思うかもしれませんが、普通に考えれば都市は産業のためだけではなく、むしろ市民が主人公である訳ですから、そこで暮らす住民の意見を取り入れるのは当たり前のこと。

さらに、そういった多様な人々の参加で進める場合は、議論の進行役が参加者を信頼して、彼らの意見を反映させないといけません。ところが日本の場合は、たいてい最初から排除しているか、入れている場合でも形式的な市民参加の場合が多い。多くの公共事業はあらかじめ方針とゴールが決められている。

コペンハーゲンの都市計画を担当する行政の人たちに聞くと「自分たちは制度や規制の観点から設計はできるが、芸術活動を行う場合、アーティストにとってどのような環境であればクリエイティブな感性が育成されるのかはわからない。だからできる限り異なる分野の人々が参加議論し、それを反映させていくことが必要だ」と言います。多くの市民が集まって、知恵を出し合うと豊かで懐の深い都市ができるという考え方が共有されている。このことをスマートシティの議論でもよく感じます。

現在、国内でも各地でスマートシティのプランがつくられていますが、日本のスマートシティ計画の特徴として、設計段階の構想図にほとんど人が描かれていないことです。デンマークではたいていの場合構想図には、そこで暮らす市民が描かれている。このことからも、日本とデンマークでこれから進展する地域の未来のイメージがはっきりと見えてしまう。飯田さんがおっしゃるように日本の都市における没個性的な街並みと、市民が中心の豊かな街並み違いはそういうところから生じているように思います。

飯田 トップダウンの目線だと技術的側面とか経済的価値だけを見てしまう。非経済的・非技術的な部分、つまり社会的価値が見落とされてしまう。だからエネルギーの議論も狭くなってしまう。原発が典型的ですが、原発が安いと信じられていたときは「なんで反対するの?」といった感じで、推進するエリートたちには一般の人たちの素朴な疑問を理解できなかった。

さきほどの風景の議論を建築物で展開すると、日本はピカピカつるつるしたオフィスビルをたくさんつくっていて、実際に中に入ってみると書類山積みの風景で、昔の雑然とした汚いオフィス空間と変わらないということが多い。ゼネコンと設備屋さんと役人だけでビルがつくられていて、表面的にはきれいに見せているけど、インテリア等の室内空間の設計といったソフトウェアシステムのデザインが50年前からまったく変わっていない。

ジェイン・ジェイコブズ[3]が「新しいアイデアは古い建物からしか生まれない」という言葉を残しています。日本ではそういう発想がなくて、東京駅はかろうじて残りましたが、向かいの郵便局も結局は1㎡あたりの収益性で考えられている。モノゴトを決める人たちの中の軸があまりにも定量的な指標で測れるものに引っ張られ過ぎてしまい、街の風景もすごくバランスの取れないものになってしまう。ここがこれから掘り下げるべきところだと思います。

[3]ジェイン・ジェイコブズ(Jane Jacobs)は、米国の女性ジャーナリスト。都市の再開発に対する問題提起をおこない、『アメリカ大都市の死と生』で都市の多様性の重要性を指摘した。

中島 デンマークの人たちは古いもの、伝統的なものと革新的なものをうまく調和させて融合させるのが非常にうまいと感じます。コペンハーゲン市がスマートシティのソリューションラボをつくっていて、そのラボが入っている建物が築400年位の傾きそうな古い建造物なのです。外から見ると、木造で土塀の建物ですが、中に入るとまさしく真逆で、ガラス張りのオープンスペースになっていて、自然に新しいアイデアが出てくるような環境をつくっている。日本でいうと、大手町とかの小奇麗で近代的なビルではなくて、京都の中心にある小さな町屋の中に最先端の研究所があるという感じです。そういった知的生産空間の設計において、伝統と革新をうまく融合することが実に上手い。

飯田 新しい知というか、価値創造はどういうコミュニケーション環境で生まれるかというと、いわゆる暗黙知と形式知をすごく巧みにデザインすることが大事。わりと新しいアイデアって雑談の中から生まれることが多いので、雑談や文化的なコミュニケーションがとりやすい空間と時間を意識的につくる。でもそれだけだと不十分で、集中するときはしっかり集中できる空間と時間もきちんと分けてつくる。

私が見たのは、スウェーデンの大学でしたが、古い建物の真ん中にテーブルをおいて、そこには朝10時と午後3時にみんなでケーキを持ち寄って、みんなでコーヒー飲みながら雑談をする。そのまわりがガラス張りのモダンな個室になっていて、目線と騒音は個室には届かないようにできている。小さなオフィスでもきちんとそういったコミュニケーションを意識した空間と時間の設計になっている。

さらにそれが街全体となると、それこそミュージシャンやアーティストが集える場所だったり、ニーズに応じたサービスがきちんとできるレストランだったりが有機的に街の雰囲気をつくっていて、世界中から誰が来てもその雰囲気を経験できて、滞在できる。そういったことが自然発生的に生まれるような街のデザインがある。

− 日本では「国土強靭化」という言葉に象徴されるように、相変わらず鉄筋とコンクリートで国土を塗るような流れになっていて、デンマークとは真逆に進んでいますね。

飯田 本当に時代錯誤というか、そもそもこの国にそんな金あるかということも疑問です。デンマークは自然の湖岸と海岸から300m以内は原則的に新しい建物はつくれないことになっていて、資源と景観は非常に厳しく守っている。一方で古い街並みも守り、モダンな部分もある。モダンだけど溶け込んでいる。社会全体のコンセンサスをつくりながら開発のルールもつくられてきた。

風力発電の建設可能なエリアについても、あらかじめ面的にゾーニングして住宅から600m以内は建設可能エリアから排除、歴史的建築物からも排除、海岸から300m、森も全部排除、ラムサール条約で守られているところも排除。高速道路とか軍事施設といった社会インフラも排除すると、最後は本当点のようなエリアしか残らない。その点に風力発電をつくっている。そういった制約はあるものの、風力発電をさらに増やしていくことで自然エネルギー100%を実現しようとする見通しをもっている。

日本の場合は、そもそも制約がないので、固定価格買取制度がはじまると一気に太陽光発電が広がっていってしまった。「やるべきこと」と「やってはいけないこと」についての社会的なコンセンサスつくる前に、モノゴトが進んでいってしまう。

中島 デンマーク人は、一見するとネガティブなことをポジティブな機会に転換させることが上手です。そこにきちんと行政側と市民側、かかわる業者がコンセンサスを作ってプロジェクトを進めています。例えば、コペンハーゲンに公害で汚染されていた港湾地区があるのですが、現在そこは水質が改善され、プールが整備されています。都心のリゾートのような地域になっていて分譲の共同住宅も建てられている。そうすると高所得者層やアーティストが集まってきて、新しい価値創造のエリアがつくられる。そして、その環境や雰囲気に引き寄せられて若い人も集まる。港湾をきれいにすることによって、環境が整備され、かつ新しい都市リゾートを作ることで土地の価値が上がり税収も増える訳です。市民も、そこに転居してきた住民も、行政も、どの利害関係者にとっても満足の行く結果となる。社会問題を発想の転換によって、課題を解決するだけでなく、新たな価値を創造することに成功しています。

他にもコペンハーゲンには移民が多く、治安が悪くてなかなか近寄れないようになっていた地区がありました。そこで、コペンハーゲン市は多国籍の人たちの文化とデンマークの文化の融合を目指して、BIG(Bjarke Ingels Group)というデザイン会社に新しい公園のデザインを依頼しました。そして、その地域の住人たちにも計画に積極的に参加してもらった。それぞれ出身国の遊具やお国柄を反映したアイデアを持ち寄ってもらい、多国籍公園というものをつくっています。それによって、地元の住民だけではなく、他地域の市民や観光客なども集まるようになり、治安も改善されて新しい文化的な環境として整ってきています。その結果、移民のコミュニティ問題、治安の問題を同時に解決しています。むしろ環境が改善されることでブティックなども進出し、地域活性化につながっており、ここでもマイナスがプラスになっています。複雑な社会的課題を抱えている日本も発想を変えて市民が主体的に働きかけながら形成されるコンセンサスを通じて解決する姿勢が大事だと思います。

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