デンマークに見る現代エネルギーデモクラシーの源流

経験とアイデンティティ

− 未来を考えて、新しい価値をつくり出す上で、若い世代がどのような教育を受け、経験を積んでいくことが必要でしょうか。

中島 大使館にはインターンシップでデンマークから学生たちが来てよく話をします。一方で日本の大学の先生が私のところに来て「自分の学生がグローバル化に対応できていなくて、企業から使えないと言われてしまうのですが、どうすれば良いのでしょうか?」ということを相談されることがあります。

私が見てもデンマーク人と日本人で能力はあまり違わない。しかし与えられている環境がかなり違うのかなと。環境により得られる経験の差っていうのはやはりありますね。

デンマークの学生は大学を卒業する前にインターンシップを通じて、一か国や二か国、海外で実務を経験していますよね。例えば、コペンハーゲンで勉強しながらアメリカに行ったり、あるいはフランスとか。欧米で経験した後はアジア、中国とか日本とか。そうすると、社会人として出る前に、異なる文化や考え方の違いを経験出来ますよね。それで、多様性の中で多面的なモノゴトの考えができるようになる。

それから、経験ということでいうと、大使館ではインターンにかなり高度な仕事をさせることがあります。例えば参事官などの人数が少なくそれぞれの業務が多忙なため、私たちのところに来る学生さんは基本的な情報収集作業を任されるわけです。そのなかで、例えば日本の貿易政策とかエネルギー政策についてのレポートをまとめる作業をすることもあるのですが、その内容の質が高かったりすると、そのまま本国の省庁に送付されて対日戦略の基礎資料として利用されることもあります。

これは日本では絶対にありえないことで、国が小さいということもありますが、インターンにそういうことをどんどんやらせてしまうのです。

他にも、コペンハーゲン市を世界にアピールするためにスマートシティに関するレポートをインターンに書かせてみたところ、あまりにも質が良くて、デンマーク工科大学の教授に評価してもらうと「完璧だ」と言われて、学生が書いたレポートのままコペンハーゲン市の正式なスマートシティのレポートとして採用された事例もあります。コペンハーゲン市では、この学生のことを自分たちの雇用を脅かす存在として冗談交じりに「恐るべき学生」と呼んでいたそうです。

こうしたことから、能力は基本的に変わりませんが、経験とその経験から得たものを発揮する場が与えられているというのは大きな違いなので、日本でもデンマークの学生が体験しているような機会や環境をいかに増やしていくか。幅広い経験にももとづいて柔軟で多角的な考え方ができる人が増えると、日本の硬直したエネルギー政策にも柔軟な発想が生まれる可能性があるのかもしれません。

飯田 アウディのトップデザイナーだった日本人の方が面白いことをおしゃっています。日本の自動車会社は毎回「新しいもの」を出していて、整形しすぎた「美女」のようにアイデンティティとかわけわからなくなっていると。日本とドイツの自動車会社の根本的な哲学的な違いは、ドイツはいかに「美しくするか」、日本はいかに「新しくするか」。

なぜそうなるかというと、日本は組織がタテ型で狭くて、その中でいかに新しくするかという枠組みで発想が規定されてしまう。発表した時にどこが新しいのかを外からも内からも気にする。そこで育つとどうしてもそういうデザイナーしか育たない。

その方は早く日本を出て海外に行った。組織の知には普遍的に通用するユニバーサルな知と、その組織でしか通用しないローカルな知があります。日本では前者よりも後者が大事とされている。いろいろな分野でのローカルな知と、国際的にも通用するユニバーサルな知の両方を若いうちに経験することが大事だと思います。

日本人は自分自身のアイデンティティを持つ人が少なくて、自分が依拠している組織にアイデンティティを任せてしまう。名刺も組織名が先にきて、名前が後にくる。相対的にその組織に依存しようとする感覚が強い。デンマークとか北欧は逆です。

土地や国家についても、北欧の人たちは「所有している」というよりは「預かっている」という感覚が強い。いまの時代、この時にたまたま預かっているという感覚でガバナンスしている。預かっている感覚ともつと同時に個人がそこになんらかの価値を生み出して貢献する、そのバランスが大事ですね。日本は、個人が所有感覚を強く持ちながらも、アイデンティティは組織に逃げてしまって、価値をつくり出せていないように感じます。

中島 そうですね、本当におっしゃる通りデンマークの人たちはアイデンティティを自分なりに咀嚼して理解しているので、何かに頼るということはあまりないですね。

やっぱり日本の場合は組織だとか、モノだとか、自分を支える「何か」がないと、なかなか自分自身で自分を肯定できないところがあるように思います。

例えば、議論をするときに、日本の方たちに「自己紹介してください」と言うと、必ず「○○社の○○です」とか「○○社で○○をやっている○○です」とか言ったりしますけど、デンマークの人たちはまず会社の名前とか言う人はほとんどいないですね。名前を言って、こういうことが好きで、こういうことに興味がありまして、仕事はこんなことをやっています、という自己紹介です。だからまったく順序が逆ですね。

一方で、いまの日本の人たちにアイデンティティをいきなり持てと言っても、なかなか難しいところがあるので、そういったことを経験して学ぶ教育の機会をつくることが必要だと思います。

<次ページに続く:共創のダイナミズム

ページ: 1 2 3 4 5