温暖化防止は「脱炭素新文明への巨大投資」

細部よりも大局を – パリのCOP交渉は相変わらず古い難問に足を取られている。削減負担の押し付け合いや南北対立、資金を誰が負担するか等の問題だ。しかし細部よりも大局を見る必要がある。世界中で進行する大きな議論を見ていると、これまでにない強い意志が感ぜられる。それは脱炭素という新文明を目指す意思だ。「化石燃料から自然エネルギーへ」「エネルギー大資本から地域主権へ」「膨大な投資と成長のチャンス」「脱炭素で持続成長を」これらをキーワードとして強い動きが始まっている。

温暖化規制は負担ではない、画期的な投資機会だ

パリCOPへの交渉では各国のGHG削減量の誓約(INDC)は現在までのところ、2100年の世界の平均気温を産業革命時点より2.7℃上昇させるとされている。2℃未満に抑えるには11〜13ギガトン、1.5℃未満には14〜16ギガトンの追加削減が必要になる。今回の交渉でそれが充足されなければ、各国の追加負担を促す新制度を設定することになるだろう。

しかし、COP交渉を「負担の交渉」と捉えるのは間違いだ。「We Mean Business」という世界ビジネスを糾合する団体は「温暖化抑止で大胆な行動を取ることは世界のビジネスにとって、最大の成長の機会だ」と論じている。この団体は、温暖化で人類が苦しむ世界で持続的成長等はあり得ないという考えのもと、今年7月ドイツでのG7会議で炭素志向を働きかけ、実際にこの考え方は会議で採用された。啓蒙的なビジネスにとっては当然の結論だ。

カルデロン元メキシコ大統領の主宰する The New Climate Economy という国際的運動も温暖化問題を偉大な投資機会と捉えて、「グローバルな機会を掴み取れ」という標語を掲げて啓発活動をしている[1]

温暖化防止への投資は負担ではない。政策支援があれば豊かな利益をもたらす。温暖化防止は大きなチャンスだ、むしろ積極的に対応しよう。こういう啓蒙思想が力をつけ、交渉に影響を与えている。要するに、COP交渉は次第に交渉官のレベルを飛び越えて文明論的になってきた。

この動きは「ネット・ゼロ」の思想[2]への広範な支持に繋がっている。IPCCによれば減らすだけではダメなのだ。短期ごとに減らしてもなおさらダメだ。要するに脱炭素の新文明を目指さなければ解決しないのだ。トヨタやフォルクスワーゲンがエンジン車の消える日を想定しているのは新文明を目指しているのだ[3]

しかし、脱炭素を進めれば、すぐに大きな問題にぶつかる。それは「座礁資産」と呼ばれる問題だ[4]。2℃目標を実現すると座礁資産は巨大化する。それは世界的な信用リスクに影響する大きな問題だ。それを反映して最近重要な会議がオックスフォード大学で開かれた。しかし、だから温暖化防止行動を止めるという動きにはなっていない。なっていないどころか、その膨大な埋蔵資産を所有している当の石油大資本10社(ただしエクソンやシェブロンは参加していない)は今年10月16日、全ての社長の連名で「2℃目標の実現に協力する」と述べた。エネルギー大資本側も危機や負担を機会と捉えようとしている。

負担を機会と捉える傾向は決してリベラル的な環境派の独占ではない。英国の保守系新聞であるテレグラフ紙は、つい最近の紙面で「パリの交渉は90兆ドルのエネルギー革命投資を起爆する」という記事を掲載した[5]。記事は、2℃目標実現のために炭素予算があと800ギガトンしか残っていないという科学の声を軽視するのは人類の運命を弄ぶことだと論じている。さらに、パリCOP以降は新しい大規模な投資ブームが起きる。それは2080年頃ネット・ゼロを実現する長いプロセスの始まりだ。誰もこれを止めることはできないだろうと論じている。

どうやらこれが温暖化交渉の新しい方向性だ。負担と捉えるのではなく、良い政策を前提にしてネット・ゼロを目指す。そのために投資をし、全球的な成長戦略とする。投資機会だとすれば良い政策の下で率先して脱炭素化した方が賢明な国益だ。日本の一部ではこの交渉を経済戦争と見なし、負担の軽減をひたすら目指すのが国益だとしているが、大きな違いだ。

世論操作が行動を遅らせた

テレグラフ紙の記事の通り、パリの交渉がネット・ゼロへの長いプロセスの始まりになるかどうかは未だ分からない。でもやっとここまで来た。しかし、どうしてこれだけ長い時間がかかったのか?

一つには交渉が南北イデオロギーに毒されていた。削減は国家の責任事項だったので負担回避や相手国への負担要求が蔓延し、時間がかかった。その上、化石燃料を維持しようとする勢力の抵抗は強固だった。化石燃料で膨大な利益を出してきたエネルギー・産業・金融大資本の抵抗だ。彼らは化石燃料への需要は今後数十年にわたり上昇すると論じてきたのだ。脱炭素などはあり得ない。再エネ等は信頼性がなく、高価だ。化石燃料の代わりになる代物ではない。再エネは遠い将来の物語だ。こういう「化石燃料安泰論」が支配していた。この立場は大資本側の国際連携と資金力と組織力と情報操作によって非常に強固であった。

しかし、今年10月、英国の民間研究団体Carbon Trackerは「エネルギー産業は需要の壊滅を見失っている」という挑戦的な文書を発表し、このような楽観的な予測は間違いだし、その情報操作により投資家の判断を誤らせてきたと非難した。そしてIEAも非難されるべきだと論じた。

論点は2つだ。一つは大手エネルギー資本が一貫して化石燃料に対する需要は今後強く維持されると主張した点。もう一つはIEAが恒常的に再エネの導入見通しを低く見積もってきた点だ。これはいずれも「右肩上がり直線シンドローム(straight-line syndrome)」に陥った結果だとし、技術進歩の速さ、再エネの伸張、経済成長の鈍化、人口増加等の諸事項について広範な批判を加えている。

実際、エネルギー大資本はいつも化石燃料への需要は今後相当長く高位で続くと論じてきた。2040年でも75%程度を占めると論じていた[6]。またIEAも「世界エネルギー・アウトルック2014」において「2040年時点のエネルギー供給の中で、化石燃料は4分の3を占める」と書いていた[7]。さらに、IEAは再エネの導入に関して非常に抑制された予測をしていた。しかし現実には再エネは幾何級数的に伸びた。下記グラフはそれを示している。

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太陽光発電のIEA予測と実績の乖離は大きい(出典:“Lost in transition: How the energy sector is missing potential demand destruction”)

Carbon Tracker は概ねこう主張している:

….IEAも大手エネルギー資本も本来はパラダイム・シフトや非直線的変化に目を凝らすべき時に単純に右肩上がりと想定した。世界の人口増加や経済成長等のマクロ・フレームワークの設定においてそうだった。再エネが幾何級数的に伸張するとは想定しなかった。しかし現実は、中国の石炭ピークも近い。インドも再エネの大規模な導入を決めた。石油資本にとっての最大の命綱であるガソリン車の需要はEVの急伸によりその希望が減衰している。「ガソリン車は2040年まで全盛」という石油大資本側の想定はもっと早く崩壊するだろう。ガスはといえば最終的には再エネのバックアップになるだろう。要するに化石燃料への需要は壊滅するのだ。それにもかかわらず、化石燃料安泰論で投資家に対して新規の大型投資を正当化した。これが、投資家の行動を歪曲させ、彼らを成長産業の側でなく衰退産業の側に追いやった…。

これについてIEAは「予測(forecast)」したのではなく、政策決定者に一つのシナリオを提供したに過ぎないと説明している。要するにこれは単なる「プロジェクション(projection)」であり、政策当事者への指針に過ぎない、当然他の径路があり得ると反論している。しかし、このIEAの数値はあらゆる利害関係者によって利用された。国際会議でも引用されたし、日本でも再エネを抑制する脈絡で引用されてきた。

この関連でエクソン・モービル社の姿勢が司法問題になっている。最近、公式の捜査を要求する文書が米国検察庁に送られた。同社の情報操作は古い問題だ。実はエクソン社は化石燃料の与える被害やリスクについて70年代から意識し、研究してきた。その過程でIPCCの会合にも参加していた。部内的には温暖化を放置すると破局的な事態を招来すると認識していた。しかし、社外的には気候変動を否定するグループに大量の資金を提供した。温暖化の科学への攻撃はコーク兄弟が加わる前から主としてエクソン社の資金が太宗だった。同社は米国の京都議定書参加に強硬に反対した。また、政府が温暖化措置を取ることに反対した。その結果、今日に至るまで温暖化否定論で世論を動かしてきた[8]。同社は最近ようやく炭素税を主張しているが、これまで貴重な時間が失われてきた。

新しい進路

実は温暖化を防止するにはこれらエネルギー大資本とそれを支えている消費者すべてに納得してもらうことが必要だ。それはCOP交渉で中国やインドを説得するのと同じくらい必要だった。しかし温暖化は国家間の問題だと思われてきたので、これら大資本を俎上に載せないできたのだ。今後への重要な示唆だ。

仮に今回パリが失敗しても、温暖化を回避するならエネルギーの転換は不可避だ。それは世界に新しい成長を約束する。「経済戦争だから取り敢えず何とか凌ごう」という消極的姿勢ではこの転換から取り残される。日本もその大きな機会に参加しようとするなら旧来利益に対する賢明な誘導政策を伴って脱炭素への大きな道に飛び乗るべきだ。どうせそうなるのだから、先取りした方が賢明だ。日本企業はすでに未来を察知して世界中で再エネ受注に乗り出している。

発想の展開があれば、国際交渉でも日本は新しい指導力を発揮できる。世界の約160か国は微細な炭素経済国だ。再エネの急激な価格低下でこれらの国は早晩脱炭素化するだろう。残る約30か国はCO2の9割近くを排出している新興国と先進国だ。これら30カ国の間でネット・ゼロの合意を推進すべきだ。2050年とか2080年を目指して各自がネット・ゼロを誓約し、5年ごとにレビューし合うという新方式だ。これの方がINDC方式より優れている。他国がどうであろうと自分は長期計画の下で脱炭素するのだから。削減量が他国に比して遜色ないかどうかを思い煩う必要もない。

参考

[1] WEBRONZA 石井徹 「「脱炭素」の競争に負けつつある日本」2015年6月29日
[2] IPCCの示唆に従い、2050年とか2080年までに、世界のCO2の排出をゼロにするが、最後まで残るCO2は地中貯留か森林吸収力で中和するという政策のこと。どの国もネット・ゼロを目指すことになる。パリCOP交渉の条約草案にも関連する条文がある。
[3] 環境ビジネスオンライン 村沢義久 「エンジン車が消える日は近い:トヨタ、VWが大転換」2015年10月26日
[4] 2℃等の温度目標を実現する場合、今後追加的に排出できるCO2の量は一定量に制限される。その結果、地下に埋蔵されている石油、ガス、石炭などの化石燃料は掘削・燃焼できなくなる。この問題を座礁資産(stranded assets)の問題という。
[5] この90兆ドルは2030年までに必要となる資金量としてIEAが算出しているものである。Telegraph “Paris climate deal to ignite a $90 trillion energy revolution” October 28, 2015.
[6] 例えば次の記事に事実関係の記載がある。The Guardian “Are fossil fuel companies using IEA reports to talk up demand?” October 23, 2015.
[7] 同アウトルックのエグゼクティブ・サマリーの2ページの冒頭に以下の記述がある。”By 2040, the world’s energy supply mix divides into four almost-equal parts: oil, gas, coal and low-carbon sources.” 化石燃料は2040年全球エネルギー供給の75%を占めると読める。
[8] New York Times “Exxon Mobil Accused of Misleading Public on Climate Change Risks” October 30, 2015. および Inside Climate News “How Exxon Overstates the Uncertainty in Climate Science” October 29, 2015.

WEBRONZA

 

 

オリジナル掲載:WEBRONZA「脱炭素文明への巨大投資が始まる:温暖化防止のパリ会議はその号砲だ」(2015年11月11日)および「続・脱炭素文明への巨大投資が始まる:座礁資産化する化石燃料と急進する再生エネ」(2015年11月12日)