COP21ではパリ協定が採択され、これを受けて世界的なエネルギー革命は本格化していくだろう。パリ協定に至る背景を見れば、後戻りすることのない国際的な流れの中で、日本が進むべき方向は最早はっきりしている。 

強い違和感

今回のパリのCOPは190ヶ国が化石燃料文明の終焉を目指すという決定をした点で歴史的で画期的な会議であった。要するに、世界は明らかに歴史的な「エネルギー革命」に入る宣言をした。これが世界中の政治指導者と温暖化問題に取り組んできたすべての人々のコンセンサスだ。しかし、日本ではそう捉えられていない。パリ協定への否定的空気は12月13日に発表になった総理談話に良く表れている。2℃とか1.5℃のこと、ネット・ゼロのこと、2050年までの低炭素長期削減戦略のこと等、すべての重要事項にまったく言及がない。世界は化石燃料を止めることになったという重大な告知も行われていない。ましてや化石燃料に代替するクリーン・エネルギーで新しい日本の成長物語を作って行こうという呼びかけもない。

おそらく、サウジアラビア以外にこのような態度をとっている国はないだろう。日頃から先進国社会と価値観を共有しているはずのこの国。平和維持と人類福祉のために世界と連帯して行こうとするこの国。現代文明の先端的一員である日本という国。そういう国のリーダーの談話としては強い違和感を感じる。また、これは再エネで日本経済を持続成長させたいと願っている多くの産業界の人々をガッカリさせる扱いだ。

温暖化防止は成長の制約なのか?

エネルギー革命の到来を迎え、日本の産業界・経済界は、インド、中国、欧米その他あらゆる所で巨大で永続的なエネルギー需要の商機を睨み、現に大きな契約を実現している。だがその一方で、その経済界を代弁するとされる諸方面はこの協定を否定的に捉えている。この落差は一体なにか?否定論はどうやら、エネルギー革命等どこにもない、2℃等出来るはずがないし、やればコストがかかり過ぎて生活水準が下がる、一体それでいいのか?という意見だ。「脱炭素」等という概念自体を冷笑する傾向も一部にある。

しかし、そのような思想は今や世界の主流ではない。脱炭素は経済成長を犠牲にしないで実現できると多くの専門家は論じている。その文献は膨大だ。例えば日本経済研究センターの小林光・慶応義塾大学特任教授と鈴木達治郎・長崎大学教授は「温暖化対策と経済成長は両立する」と結論づけている。

外国の文献では、例えば「Deep Decarbonization Pathways Project(DDPP)」だ。これは日本を含むトップ16の排出国のエネルギー経済の実態を専門家グループで詳細に分析した結果、どの国でも経済成長と人口増大を勘案しても2℃実現への削減は既存技術で可能だと結論づけている。

事実もモノをいっている。全球GHGの排出削減は成長を阻害しなくなった。2015年3月、国際エネルギー機関(IEA)は、2014年の全球エネルギー起源のCO2排出量が増加を停止したと発表した。2014年の世界経済は3%の成長を遂げているので、初めて成長を犠牲にしないでCO2削減が出来る(デカップリング)ようになった。さらに、最近英国のイースト・アングリア大学は2015年もエネルギー起源のCO2は前年並みだろうとする研究を発表した。

IEAの最新報告では中国は成長しているが石炭の消費はピークしたと分析している。要するに、中国も成長への命綱ともいうべき石炭を減らしているが、成長を犠牲にしているという議論はない。

The Telegraph 紙(英国の保守系新聞)は、中国は再エネ技術で世界トップに立つことを国家目標にしているから、パリ協定の最大の擁護者になると論じている。この記事は中国が石炭を必死で減らそうとしていることを指摘している。中国も相当の成長を維持しながら石炭を減らし、再エネ大国化を目指しているということだ。

紙面の関係で紹介できないが、ネット・ゼロなどに向かうことが経済活動や生活水準の抑制に繋がるという議論は世界的には主流ではない。日本の一部で温暖化防止は国民生活の停滞を招くという言説があるが、省エネなどの国民の創意工夫、賢明な政策措置をとること等をまったく考慮に入れていない偏った議論だ。それどころか、これはむしろ機会だという意見の方が多い。つまりエネルギー転換が世界経済を動かし、新たな投資と技術革新と需要を生み、成長と雇用を起爆するという議論にまでなっている。だから今や日本経済界はもちろん、世界中のビジネスが大きく乗り出しているのだ。炎熱地獄で成長等あり得ないという考えだ。

それに化石燃料資源は座礁資産になるという議論もビジネスを動かしている。こうなれば化石燃料関連企業の財務投資情報を公開しなければ投資家が損する。金融安定理事会(FSB)でディスクロージャーの基準を決める段取りに入った。イングランド銀行のカーニー総裁が主唱し、主査にマイケル・ブルームバーグ前ニューヨーク市長が就任して始まった。世界のビジネスがどれほど真面目に温暖化防止に取り組んでいるかを強く示唆する動きだ。

何がこうさせたのか?指導者のビジョン

日本は不服なのに世界ではなぜこれほどのこと、つまり化石燃料からの決別を決めてしまったのか?さまざまな理由があるが、第1にIPCCの科学がモノを言った。世界の圧倒的多数の科学者が温暖化の深刻な危険に強い警告を発した。ごく少数の懐疑・否定論を除き、世界はこの警告に耳を傾け、この問題を解決しろと政府に強く迫った。パリ協定はその産物だ。

次に、歴史観と将来ビジョンを持った政治家たちの指導力も重要だった。2015年9月25日の米中合意はその典型だった。小国マーシャル諸島のデ・ブラム外相の指導力も括目に値する。COP21の第1週に、水没する自国の窮状を論じ、1.5℃を目標に加えるよう訴える演説をした。ところがこれに対しインドとサウジアラビアが頑強に反対したので直ちに却下された。これが多くの参加国の憤激をかった。それが同外相の提唱する1.5℃実現のための「野心連合(High ambition coalition)」に繋がった。低調なパリ協定になることを危惧していたEUとの共同作業だった。米国は直ちに参加した。その結果、インド等は孤立したのだ。インドは厳しい温度目標に反対するはずだと読んでいた日本の一部は事態の意外な展開を目の当たりにした。デ・ブラム外相は会議直後次のような印象的なツイートをしている。

TonydeBrum
デ・ブラム外相。右は同外相と連帯して立つスターン米国首席代表。左の少女は閉会式で「これで私たちは救われた」と発言し、世界的な感動を呼んだマーシャル諸島の18歳の少女。(写真:Tony de Brum

巨大な事前作業と在野の強い力

欧米の科学者・専門家集団の政治層への食い込みも見逃せない。しかも、この集団が欧米だけでなくインドや中国などの新興国、途上国を横断する強い連携になっている。また、在野の法律家も科学者と共に長い共同作業をしてきた。主催国フランスもボンの国連気候変動事務局も獅子奮迅の働きだった。代表団が会場に着席する前からどんな事態でも法的手当もできていた。日本では、こうなった以上は米国内の保守勢力がパリ協定を葬り去るだろうと期待半分に眺めているが、今回米国政府の法律家が24時間総動員されていて、議会との関係でどんな問題にも完全に対応できるようになっていたとのことだ。

この関係でもう一つ明白な事実がある。それは「在野の力の強大さ」である。あらゆる分野の科学者、大学教授、専門家、あらゆる分野の産業実務経験者、エネルギー問題の専門家、経済学者、金融専門家、統計学者、多方面のビジネス関係者、オピニオン・リーダーたちが会議とメディアとブログなどで膨大な議論を繰り広げてきた。これに参加したNGO団体、産業団体の数も膨大であった。その多くは分野ごとに念入りな実証研究をしていた。それに、世銀、IMF、OECD、IEA等の国際機関が多数加わった。都市計画、交通運輸、森林や農業の専門家集団らも世界中で多数のセミナーや研究会を開き、議論を集約していった。重要なことは、この議論が政府関係者との透明な交流の下で行われた点だ。政府関係者は恒常的にこれに参画していた。パリ協定は政府が作ったというより巨大な在野勢力が作ったといっても過言でない。そこには汎大西洋圏知識層が中核をなしていた。

ここにその実例がある。今回出来上がった最も重要な構図は次の3点である。

      1. 21世紀後半にネット・ゼロを実現する(第4条1項)
      2. 各国が長期削減戦略を作成する(第4条19項)
      3. 5年ごとにレビューする(第14条2項)

これは、実は全面的にファルハナ・ヤミン女史(英国チャタムハウス研究所上級研究員兼ユニバーシティー・カレッジ・オブ・ロンドン教授)のグループが2013年から提案してきたものだ(”Possible Elements of a 2015 Legal Agreement on Climate Change” 2013. IDDRI)。

彼女はこの提案を<Track 0>というホームページで世界に発信していた。それだけでなく欧州委員会、米国等の有力国の政府関係者と常時連絡を取り、支持者を増やしていった。どれだけ有力な支持者がいたか上記ホームページに出ている。彼女と世界資源研究所のジェニファー・モーガン女史らの事前の働きかけもあって2015年6月のドイツでのG7サミットで「脱炭素化(decarbonization)」という概念が書き込まれた。その直後、同女史らが公表した新パリ協定草案(From 90 pages to 9: A Possible Paris Agreement from the Geneva Negotiating Text?)は今回のパリ協定の骨子になった。深く欧米主要国政府に食い込んでいたからだ[1]

しかも同女史はマーシャル諸島代表団の一員でもあった。会場では上記のデ・ブラム外相と一緒に動き回っていた。なお、ファッション誌 VogueはパリCOPをめぐり13人の女性が活躍しているという記事を掲載し、彼女はそこに選ばれている。

COP21で日本の影が薄かったという議論があるが、経験者として言えば地理的に遠いというハンディがあることは認めざるを得ない。COP会議はその背後に膨大な蓄積があるので、影響を与えようとするなら、とにかくそこに関与して行くことが必要だ。

日本はどうするのか?もう方向ははっきりしている…

方向性は明白だ。日本の経済を動かしている中枢はすでにはっきりと世界の将来を見据えて仕事を始めている。脱炭素で持続成長、自然エネルギーへの転換、世界エネルギー革命での日本を勝利者にする、電気自動車などで世界の巨大需要を取り込む…。こういった方向で日本はすでに動いている。化石燃料主体の既得利害の新展開を進める賢明な政策は必要となろう。民間の活力や創意工夫を引き出し、資源の最適活用を促すなら価格シグナルも必要になる。いずれにしても日本の産業構造改革の成功の歴史、技術力や資金力からして日本に出来ない話ではない。地方創生や成長戦略の柱にもなる。その上、資源貧乏な日本がエネルギーの自給を遂に達成できる。そのことの持つ巨大な意味を認識する必要もある。脱炭素は広く豊かで明るい拡がりを持つ概念だ。決して悲劇ではない。

それに対して、これは化石燃料の削減の問題だという殻に閉じこもっていれば、国家間で削減負担の正当性を云々するという狭量な議論を際限なく続けることになる。5年ごとのレビューにどう対処するか?このレビューにおいて外国の努力不足を指弾し、自己防衛するにはどの衡平性指標が正しいのか?といった議論は最早意味をなさないだろう。なぜなら、これからはパリ協定第4条の諸規定[2]に従って自国のネット・ゼロ計画を実行するという議論になっていく。自国と他国の負担の公平性や多寡を云々するのではなく、自国の長期計画がネット・ゼロに整合するのかどうか?それをどれだけ実行しているか?が問題になる。単純化すると、パリ協定においては他人との関係は消滅し、自分はどれだけ早く脱炭素化するかが問われることになる。これがこの協定の最大の成果だ。

さらに、これは化石燃料の削減の問題だという殻に閉じこもっていれば、「日本の最高効率の削減技術で国際貢献」という旧来型の思考から脱却できない。そういう時代は過ぎ去ろうとしている。なぜか?脱炭素持続成長は既存の脱炭素技術の大量使用とその改良で可能だからだ。大野輝之氏はWEBRONZA掲載論考「総理、「脱炭素技術」は今そこにあります」でそれを論じている。

もちろん、革新技術投資はいつでも必要だ。でも温暖化防止との関係では、その新規技術は、(1)規模、(2)時間軸、(3)コスト、(4)世界への伝播力で合格することが必要だ。どんな優れた技術でも一定の期限までに世界中で広範に使われていなければ効果を生まない。この技術でどれだけのCO2を削減できるという議論は大切だし、そのための資金的な投資と技術者の多大な努力には敬意を表する。だが温暖化を期限内に防圧するという脈絡では当該技術はいわゆる「死の谷」を越えて、科学が示唆する期限内に全球的に機能を発揮している必要がある。現在すでに急激に安価になってきた再エネとその関連技術、その近傍にある新技術の改良やコストのさらなる低下に努力する方がコスト効果的であろう。

[1] なお、筆者はこの提案の当初から支持し、協力してきた。また、これまでに2度にわたりこの提案を紹介した(「世界のエネルギー転換を図る米中」「温暖化防止は「脱炭素文明への巨大投資」」)。

[2] パリ協定第4条19項は各国がGHG排出低減に向けて長期発展戦略を策定するべきことが規定されている。同4条1項では今世紀後半に全球ネット・ゼロを実現すると規定している。この結果、どの国もネット・ゼロを目指す長期戦略の策定に向かうことになる。

WEBRONZA

 

 

オリジナル掲載:WEBRONZA「パリ協定をどう見るべきか COP21後の世界」(2015年12月21日)

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