米国のエネルギー転換は進むのか?大統領選挙と過激な保守党政治の将来

オバマ政権による「クリーンパワー計画」が一時停止となり、米国のエネルギー転換に大きな懸念と議論が巻き起こっている。これまでの共和党保守政治と司法の関係、さらに大統領選挙の行方から、今後の見通しを考察する。

はじめに

2016年大統領選挙はアメリカの将来を決める重大な選挙になった。それは同時にアメリカのエネルギー転換の成否も決める。それはパリ協定の将来にも関係する。重要なうねりは最高裁の決定からはじまった。2016年2月9日、米国最高裁はオバマ政権がエネルギー転換政策の切り札としていた「クリーンパワー計画(CPP)」を一時停止処分にした。最高裁のこの処分は米国のすべての関係者がまったく予想していなかったもので、大きな驚きをもって迎えられた。

その結果、オバマ政権のエネルギー転換政策と温暖化防止政策に大きなブレーキがかかり、パリ協定の将来にも暗雲をおよぼすと危惧された。ただし、これは一時的な手続き問題であり、米国が低炭素に向かうという大きな流れを阻害することはできないとする議論も強い。また、再生可能エネルギーへの投資を促進する減税措置が2015年12月に議会で継続・延長されたが、これが米国のパリ協定上の削減誓約を実現するのに大きく貢献するという議論も強い。

さらに驚くべきことが起きた。2月13日、保守派の判事として有名であったアントニン・スカリア判事が急死したのだ。時あたかも大統領選挙戦の最中である。憲法の規定に従い、オバマ大統領はメリック・ガーランド判事を任命した。彼は現在ワシントンDC控訴裁判所の首席判事で、中立的で極めて有能な裁判官として党派を超えて名声の高い人物だ。オバマ大統領は国民各層が認める有力判事を任命した。オバマ大統領はこれにより今まで保守優勢であった最高裁をより中立化しようとしたのだ。

アメリカの最高裁は驚くべき党派政治の場

スカリア判事の死亡が報道されたほんの数時間後、共和党のマカノ上院院内総務は残り任期1年を切ったオバマ大統領が後任判事を任命することに反対すると声明を発表した。彼は次期大統領が指名するべきだと主張し、上院の同意を絶対に与えないし、必要な公聴会も開かないと強硬に主張した。

マカノ院内総務はオバマ大統領の政策を一貫して全面否定してきた政治家だ。オバマ大統領のどんな政策でも、ことの是非を問わず執拗な反対と攻撃を仕掛けてきた。だから最高裁の後任判事の指名問題で徹底して反対するのは不思議ではない。しかし同氏にとってこの問題は実際に大問題なのだ。どうしてか?

そもそも米国の最高裁は非常に党派的で政治的な制度である。日本とは根本的に違うのだ。定員9人の判事は保守とリベラルに綺麗に色分けされているが、それは時の大統領が自分の政治哲学に基づいて判事を任命するからだ。その結果、ここ数年は5対4で保守優位の構成だった。スカリア判事は在籍した30年間にわたり、最高裁の判断を保守派寄りに主導してきた判事として有名だった[1]

この共和党優位の状況を政治的に最大限に利用してきたのがマカノ院内総務であった。同氏は関係者に訴訟提起を慫慂し、特に3つの優先事項を最高裁で実現した。それは選挙資金の規制緩和、労組の弱体化、ビジネスに友好的な法解釈の実現である。いずれもオバマ大統領に打撃を与え、民主党の勢力を衰退させ、大企業との連携を深め、共和党の基盤強化に直結するもので、それが共和党の政権奪還に強く関係する事項だ。

選挙資金の緩和は2010年の最高裁の判決で実現した。企業、組合、個人が、候補者とは独立にキャンペーンを行うなら、政治献金の金額にまったく制限がなくなった。この結果、政治行動委員会(Political Action Committee)という前代未聞の仕組みが編み出され、表向き特定候補者の応援でない限り、大量の資金を提供することが可能になった。これは明らかに大資本、ビジネス等の共和党支持層に非常に有利な仕組みだ。これは「政治資金を提供することは表現の自由と同義だから自由でなければならない」という産業界の強い主張に起因したものだった。

労働法規の緩和も同氏の最大の優先事項であった。共和党は長年にわたり民主党の支持母体である労働組合の弱体化に努めてきた。幾多の訴訟を通じて労組を資金的にも組織的にも劇的に弱体化し、経営者側の立場を強化した。保守優位の最高裁がそれを実現してきた。

2006年から現在までロバーツ首席判事の下での最高裁は歴史上最も保守的でビジネスよりだという評価が定着している。すでに2013年に、最高裁がビジネスに最も友好的な存在だとニューヨーク・タイムズ紙は書いている。現在でも、ジェシカ・デブローアライアンス・フォー・ジャスティスポール・バレットローレンス・ハーリーなど、多数の論者が同じ問題を指摘している。2006年以来の最高裁判決で最大の勝率を上げたのは全米商工会議所(US Chamber of Commerce)である。同会議所は共和党への最強の支援母体である。同会議所はアミカス・ブリーフ[2]提出の数でも群を抜いている。ビジネスに有利な最高裁は共和党への資金提供を拡大する必須条件だ。

マカノ院内総務の賭け

このように、マカノ院内総務にとっては最高裁が保守優勢であり続けることが、絶対に必要なのだ。だからスカリア判事死亡の直後からオバマ指名を断固拒絶すると言明したのだ。ビジネスに有利な判決を確保し、民主党の勢力を切り崩し、共和党への政治資金の流入を確保し、2016年の大統領選挙でも勝利するためにどうしても必要だと判断したのだ。

しかしこの拒絶戦略には当然大きな非難が巻き起こっている。大統領が指名したガーランド判事は誰も文句のつけようがない立派な裁判官であるから、その承認の作業を直ちに開始するべきだという強い議論が行われている。さらに、マカノ院内総務の作戦自体を疑問視する動きもある。

ひとつには院内総務の頑強な拒絶政策は「党派利害剥き出しの妨害行為」と受け止められ、共和党は上院選挙と大統領選挙の両方で敗北する危険があるという議論がある。実際、これまでマカノ院内総務の強硬な作戦は失敗しているケースも多く、今回もそうなるという議論も強い(The New Yorker 2016年3月8日The Washington Times 2016年2月24日)。米国政治では「マカノ腰砕け絵巻(McConnell Backdown Watch)」という用語が存在している。

それに拒絶を続けても、大統領選でヒラリー・クリントン候補が勝利したらもっとリベラルな判事を任命する。万一トランプ候補が大統領になれば予見できない事態が起きる。それならむしろ「強いリベラルではない」ガーランド判事を受け入れた方が共和党にとって長期的に得策だという議論もある。

2016年大統領選挙で問われているものとは?

周知のとおり、今回の大統領選挙では国民、特に貧困層に巨大な不満と怒りがあることが問題となっている。トランプ現象はそれだ。怒りの対象は「ワシントンの機能不全」だとされ、議会とホワイトハウスの双方に問題があるのだという議論になっている。本当か?

怒りの根源は高校卒業の白人の貧困層だとされている。彼らは移民してくるメキシコ人に職を奪われ、貿易の拡大で外国に仕事が奪われ、米国企業は海外に移転した。この過程で米国のビジネスはおおむね利益を得たが、失職した高卒レベルの貧困層は出口のない境涯に追い込まれた。最近の米国では白人貧困層の死亡率が異常に高くなったことも議論されている。

なぜこうなったのか?私見では、共和党の急進派が遮二無二進めている「小さな政府」が彼らを窮地に追い込んだのだ。「小さな政府」とは連邦政府の権限と予算を縮小するものだ。最小の課税と規制の撤廃が米国の繁栄をもたらすというのが急進保守の看板政策だ。しかし「小さな政府」は「小さなセーフティー・ネット」と「小さな弱者保護」を意味する。グローバリゼーションで敗者となり窮乏化した白人にもアフリカ系アメリカ人にも「小さな弱者保護」しか与えられないのだ。これが問題の核心だ。

2009年オバマ大統領就任以来、共和党は頑強なオバマ政権否定政策をとっているがその基盤をなすものは「小さな政府」指向だ。そしてオバマ政権が弱者保護政策をとろうとすると共和党は徹底して反対した。これが「ワシントンの機能不全」の本質だ。

共和党の幹部たちは米国初の黒人大統領が2009年1月20日に就任したその日の夜、秘密のディナーに集合し、すべてのオバマ政策に反対する謀議を固めたとされている(Huffington Post 2012年4月25日FRONTLINE 2013年1月15日)。実際、事の是非を問わないで、すべてのオバマ政策に反対してきた。その中心にいたのがマカノ院内総務だった。

米国の政治を30年以上にわたり客観的に観察して来た点で深く尊敬されている2人の論者(ひとりはブルッキングス研究所の研究員、もうひとりは保守系シンクタンク・アメリカン・エンタープライズ研究所の研究員)が共同執筆した最近の論文 Republicans created dysfunction. Now they’re paying for it.” はワシントンが機能不全に陥ったのではなく、共和党が過激な急進的姿勢を取り始めたからだと論じて、こう述べている…。

 ….  極端なイデオロギーを持ち、受け継いできた社会と経済制度を侮蔑し、妥協を冷笑し、事実や証拠や科学への殊更な無理解を示し、反対党の正統性に対する侮蔑を事とすることで、共和党は「反抗する外野勢力」になって仕舞った。2016年に至って共和党の破壊性はオバマ政権当初より悪化している。そしてそれが2016年のポピュリズム現象を生み、共和党がそのツケを払わせられている。

この共和党の過激な急進化が過去数十年の米国政治の最も重大な変化だ。共和党はイデオロギーだけでなく我々の立憲システムを支える規範や市民的価値すらも排斥するようになった。

共和党はすべてを党派間の争いと見なして行動し、全てのオバマ政策を団結して拒絶する姿勢をとっている。かつて共和党自身が推進していたインフラへの投資、医療保険、気候変動等ですら拒絶に廻った。保守派のテレビやトーク・ラジオと共謀して大統領のすべての勝利を悪宣伝し、正統性の否定に躍起になった。

驚くべきことに事態は今日さらに悪化している。共和党指導層はオバマ個人に対する憎悪を焚き付け続けている。そして今や最高裁判事の任命など全ての問題で確立した前例を放擲してオバマ政権に反逆している。

政治家同士が共同では作業ができないというこの惨憺たる状況はマカノ院内総務と下院の共和党指導部が作り出したものだ。これが今日のポピュリストや反エスタブリッシュメントの大きなうねり、国民の現状への軽蔑を生んでいる。それは両党に影響するが共和党により強く打撃を与えるだろう。トランプ現象は共和党の立党の目標への侮辱であり、いずれ共和党の瓦解に繋がるであろう。

要するに、共和党は基本的に自由貿易推進派であるが、「小さな政府」を頑強に標榜することによって国内の敗者や弱者は切り捨てるという政党なのだ。グローバリゼーションや自由経済は必ず勝者と敗者を生む。自由貿易は進めるが敗者への救済はしないというのは持続可能な政策ではない。トランプ現象はこの矛盾を示している。

エネルギー転換政策の将来はどうなるのか?

ところで共和党のこの「小さな政府」理論はエネルギー転換や温暖化対策にも影響している。「小さな政府」は政府のあらゆる権限と予算を縮小しようとする。だから米国環境保護庁(EPA)がCPP政策において石炭火力からのエネルギー転換を図ろうとする時、共和党は頑強に反対に廻るのだ。連邦政府の越権行為だという論旨だ。それが現在、最高裁までもつれ込んでいる。

しかし、エネルギーに限らずあらゆる重要政策で強硬な拒絶姿勢をとり続けるという共和党の戦術の見通しは不確かだ。こういう過激政策が選挙民を離反させ、共和党は大統領選挙でも上院選挙でも敗退するという議論は強い。そうなると最高裁は今後かなり長い期間、リベラル派優位になる。現に、ビジネスはそれを敏感に感じて新しい対応をはじめた。スカリア判事の死後、訴訟を抱えていた主要ビジネスは従来通りの勝訴は保証されないと判断して妥協や和解に持ち込み始めた

共和党と石炭産業からEPAの越権だと提訴されているCPPについて、その内容に関する本案審議は6月初旬にワシントンDCの控訴裁判所で行われる。この裁判所の判事はいずれもCPPが現行法の枠内だという判断をするとされている。その後、CPPは最高裁に付託されるがその時点でガーランド判事が上院で承認されていれば同判事も現行法の枠内で合法だと判断する可能性が高いとされている。

ガーランド判事が2016年内に承認されない時点で、最高裁がCPPの本案審査をする際は、可否同数の可能性が強くなる。その場合は下級審であるワシントンDCの控訴裁判所の判断が適用される。一方、今年11月の大統領選挙で共和党が勝利を収めればCPPの将来は見通せなくなるが、民主党が勝利する場合、CPPは訴訟を切り抜けることができることになろう。ただし、それが実現する時期は相当遅くなることが予想される。

結論として

民主党候補は2人とも気候変動に前向きに取り組むべきだという意見だ。トランプ氏はこれに否定的だ。態度を故意に不鮮明にしている。

2016年選挙の結果、共和党が大統領や上院で勝利を収めれば、米国のエネルギー転換への展望は不鮮明になろう。パリ協定にも影響が出てくるだろう。民主党が勝利を収めた場合、エネルギー転換は大きく進展する可能性がある。

しかし、米国の全体的な政治展望はどうなるのか? ここでも共和党の態度がカギになる。

最大の問題は共和党が現在の過激な急進性を継続するかどうかだ。共和党が大企業に資する貿易の自由化を推進する一方で、連邦政府の権限と予算を縮小し、「小さな政府」をあくまでも強行しようとするなら党派間の対立は解消しない。共和党が弱者保護の拡大に同調しなければ、トランプ氏を支持した「怒れる貧困白人層」は怒り続けるだろう。

米国の問題はトランプ氏の問題ではない。米国の問題は共和党の極端な「小さな政府[3]」の問題だ。それに由来するすべての政策体系をそのまま維持するのか? それとも変更するのか? これが問題の核心だ。仮に共和党が今回の大混乱に懲りて、弱者保護等の点で民主党との合意形成に向かうなら米国の一体性が生まれ、その限度で米国の国際的な指導性も強化されるだろう。

そうなれば温暖化への戦いやエネルギー転換等の問題でも米国は有効な役割を果たせるようになるだろう。安全保障やテロとの戦い、覇権主義や利己主義が跋扈する国際社会で穏健な国際主義者としてより強いリーダーシップを発揮できるかもしれない。トランプ氏の問題であるより米国保守の覚醒の問題だ。

[1] スカリア判事の死去により現時点では、ロバーツ長官判事を含む4名が保守派、4名がリベラル派となっている。

[2] アミカス・ブリーフ制度とは,裁判所に対して,当事者及び参加人以外の第三者が事件の処理に有用な意見 や資料を提出する制度である。

[3]「小さな政府」とは、社会保障や教育支援、各種の弱者保護や公共事業等への連邦政府の財政支出を徹底して最小化し、同時に民間経済活動への連邦政府のあらゆる規制を縮小し、自由裁量の領域を最大化するという共和党の基本理念を示す用語である。本稿ではそれだけでなく大企業や高額所得者に有利な税制、ビジネスに有利な法解釈を推進するといった共和党の政策体系の全体を指し示すものとして、便宜的にこの用語を使っている。

WEBRONZA

オリジナル掲載:WEBRONZA「大統領選挙と急進保守の将来」(2016年4月26日)