変容する世界のエネルギー地政図

自然エネルギーの急速な普及拡大と従来型エネルギー資源の利用減少という流れのなかで、世界のエネルギー秩序はどのように変容していくのか。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)がまとめたレポートから変容する世界のエネルギー地政図を見ていきましょう。

IRENAは、2019年1月に開催された第9回総会でレポート「新しい世界:エネルギー転換の地政学(A New World: The Geopolitics of the Energy Transformation)」を発表しました。

このレポートは、IRENA事務局長のアドナン・アミン氏の呼びかけのもと、エネルギー政治・経済・貿易・環境と開発にかかわる世界のリーダーたちが集まり、1年にわたって議論を積み重ねた成果をまとめたものです。「エネルギー転換の地政学に関する世界委員会(Global Commission on The Geopolitics of Energy Transformation)」と呼ばれるこの委員会は、アイスランド元大統領オラルフ・ラグナル・グリムソン氏が議長を務め、エネルギー転換が国際政治に与える影響や新しいエネルギー経済の方向性などを分析し、今後の行動指針をまとめることをミッションに招集されました。

レポートでは、化石燃料を中心に形成されたこれまでのエネルギー地政図が、自然エネルギーの急速な普及拡大によってどのように変容しつつあるのか、また、その変容が世界の国や地域のリーダーたちにどのような対応を迫ることになるのかが述べられています。

本稿では、このレポートの主要な論点を手がかりに、変容する世界のエネルギー地政図を見ていきます。

なぜ自然エネルギーが地政を変えるのか

レポートでは、そもそもなぜ自然エネルギーが地政を変えるのかについて、4つの観点から述べられています。

第一に、エネルギーをめぐる国際的な権力は、これまで化石燃料資源の集中する場所とその輸送ルートに生じていましたが、自然エネルギーが増え、化石燃料の利用が減ることで、そういった場所やルートの重要性は当然弱まります(図1〜3)。

図1.世界の難所を通じて海上輸送される原油の量(1日当たり)|出典:IRENA(2019)A New World: The Geopolitics of the Energy Transition

図2.世界の太陽光のポテンシャル|出典:IRENA(2019)A New World: The Geopolitics of the Energy Transition

図3.世界の風力のポテンシャル|出典:IRENA(2019)A New World: The Geopolitics of the Energy Transition

第二に、化石燃料資源がストック型であったのに対して、自然エネルギー資源はフロー型であることから、そもそも資源利用の形態が根本的に変わることが指摘されています。

第三に、自然エネルギーはさまざまな規模で導入することが可能であり、分散型の生産と消費がエネルギーの民主化を推し進める力学をもっています。

第四に、自然エネルギーの限界費用がゼロであることが、エネルギーシステムの変化を推し進める強力な要因となっていると同時に、政策によってその安定性や収益性を高めるよう、国や地域に要請する圧力が発生します。

このように、自然エネルギーは従来型のエネルギーをめぐる国際的な権力を構造的に変えつつあることが理解できます。

引き直される地政図

自然エネルギーが主流化する時代に入り、国同士の関係や位置づけは再構成されていきます。国際関係における競争力の源泉のひとつは経済ですが、自然エネルギーに関しては技術の面で世界的なリーダーになることが大きな意味をもつようになります。このような競争力の変化が規定する国際関係は非常に複雑であるものの、レポートでは変化の速度を読み解く上では「イノベーション」がカギとなることが指摘されています(図4)。

図4. 自然エネルギー特許の累積数(X軸)と化石燃料への依存度(Y軸)における各国の位置づけ|出典:IRENA(2019)A New World: The Geopolitics of the Energy Transition

自然エネルギーリーダーの台頭

レポートでは、今後、世界で影響力をもつようになる自然エネルギーリーダー国家を3つのタイプで述べています。

第一に、自国や自らの地域の自然エネルギー資源を利用してエネルギーを自給するに留まらず、自然エネルギー電力や燃料を輸出する国が世界的な影響力をもつようになる可能性があります。

実際に、ブラジルはすでに周辺国に水力による電力を輸出する主要な国となっています。また、ノルウェーは周辺のスカンジナビア諸国とオランダに電力を輸出しており、今後、ドイツや英国への系統を新設しています。さらに、ラオスやブータンも水力による電力を周辺国に輸出しており、ブータンからインドへの輸出は、政府の歳入の27%以上であり、これは国のGDPの14%に相当します。

第二に、鉱物資源を豊富にもつ国は、自然エネルギー設備の製造に必要なサプライチェーンを担うことで、経済的機会を得るようになる可能性があります。レポートでは、ボリビア、モンゴル、コンゴ民主共和国などに、そうした可能性があると述べられています。

第三に、技術イノベーションをリードする国は、世界的なエネルギー転換の恩恵をもっとも享受すると見られています。これについて、いまや自然エネルギー技術のイノベーションにおける超大国となった中国に敵う国はいません。中国は太陽光パネル、風力発電、電気自動車などを世界でもっとも製造し、輸出し、導入しており、世界のエネルギー転換の最前線となっています。風力発電の部品、結晶シリコン太陽光発電モジュール、LEDパッケージ、リチウムイオン電池の製造付加価値を示す図5は、中国の圧倒的な競争力を表しています。

図5.自然エネルギー設備製造による付加価値(2014年、US十億ドル)|出典:IRENA(2019)A New World: The Geopolitics of the Energy Transition

中国による研究開発および投資は、これまで自動車やエネルギー機械の分野を独占していた米国や欧州の企業を追い越し、貿易における比較優位性をもたらし、国の経済成長に貢献すると見られています(図6)。また、自然エネルギーを増やすことで、燃料輸入を減らすことができるため、中国の経済成長のボトルネックとして指摘されるエネルギーリスクを避けることもできます。

図6. 2016年末時点における自然エネルギー特許の累積割合|出典:IRENA(2019)A New World: The Geopolitics of the Energy Transition

一方で、自然エネルギー技術の競争は、モバイルテクノロジーの分野で先行して起こっている(Huawei、Samsung、Appleなど)ように、結果として独占を招くことが予見されています。そうした技術独占が生じることで、健全な競争が妨げられ、市場が歪められ、イノベーションが抑圧されてしまうリスクがあります。そのようなリスクを避けるため、公平でルールに基づいた国際的な貿易システムを構築し、その中で競争力のあるバリューチェーンが生まれるような措置が必要となることが指摘されています。

新しいアクターの参入 – 市民、都市、企業

自然エネルギーは分散型であることから、エネルギーシステムの民主化を推し進め、政治経済の力学を再構成する可能性があります。

すでに多くの国や地域で見られているように、分散型の自然エネルギーは、家庭や地域に自律性をもたらします。これまで単なる消費者だった市民は、エネルギー生産も同時におこなうプロシューマーとなり、それらが増えていくにつれ、新たな市場設計や貯蔵、IoTなどのイノベーションを求める圧力が生じます。その普及速度の例として、系統につながったスマートデバイスの数は、2017年の260億件から2025年には750億件へと増加すると予測されています。

こうした「プロシューマー」の世界では、エネルギー資産は中央集中型の電力会社や国に独占所有されるものではなくなります。金融の面でも同様に、メリットの分配は分散化されていきます。また、消費者が自らのエネルギー源を選択し、経済的便益を共有することで、自然エネルギーに対する社会的受容性も高まると見られています。顕著な例として、ドイツでは2016年に導入された自然エネルギー設備の31.5%が市民によって所有されており、もっとも大きな投資家の「ブロック」が形成されています。

分散型の自然エネルギーが、地域コミュニティの災害に対するレジリエンスを高めることも指摘されています。具体的な例として、日本の東松島市が東日本大震災の後、マイクログリッドと分散型自然エネルギーでエネルギーインフラを再建した事例があげられている他、米国ではハリケーン・サンディの影響を受けた後、マイクログリッドが広まっていったことが述べられています。

また、エネルギー転換において、都市が中心的な役割を担う傾向が強まっています。都市は世界で生み出されるエネルギーの2/3を消費し、炭素排出の70%を占めているため、取り組みを進める意義が大いにあります。また、都市は消費・排出源であると同時に、沿岸地域では水位上昇や洪水、中心部ではヒートアイランドなど、気候変動の影響を受けるリスクも孕んでいます。

一方で、大都市の中には中小規模の国よりも大きな経済力をもつため、独自の権限のもとで積極的な取り組みを展開し、国際的な舞台で政治経済的な影響力を行使するプレイヤーとなる可能性もあると見られています。

要約すると、自然エネルギーへの転換は権力の分散化と密接に関連しているということです。近代国民国家は、化石燃料経済と並行して進化してきました。そして、その化石燃料の時代が衰退し、分散型でますます電化が進む世界が到来するなかで、国民国家が果たす役割には奥深い意味が隠されているといえます。

エネルギー外交の再編

エネルギー転換が進むプロセスでは、OPECに象徴されるような産油国のもつ影響力は構造的に変化していきます。それは、世界の国や地域にエネルギー外交の再考を迫ることにつながります。

レポートでは、エネルギー外交の再編に関する例がいくつかあげられています。日本は、もはや化石燃料の輸入確保に専心する外交戦略をとることはできず、自然エネルギーを含めた方向へと舵をきることが述べられています。

ドイツは、IRENAの創設を主導し、多数の国と自然エネルギーを柱とするエネルギーパートナーシップを構築することで世界に影響力をもちはじめています。

UAEは、産油国でありながらアブダビにIRENA本部をホストし、アブダビ開発ファンドを通じて途上国の自然エネルギー事業に資金提供・投資することで、自然エネルギーのリーダーシップを手に入れています。

インドは、パリ気候変動会議を機に発足した 「国際ソーラー同盟(International Solar Alliance, ISA)」を通じて途上国との政治経済的なつながりを強化する「太陽外交(solar diplomacy)」を展開しつつあります。モディ首相はISAの総会で「ISAは将来のOPECの役割を担うだろう」と述べるなど、新たなエネルギー外交の動きが進みつつあります。

新しい貿易地理

自然エネルギーが増え、化石燃料の重要性が相対的に低下するのにあわせて、貿易の地政も変化します。特に、ホルムズ海峡やマラッカ海峡のような難所をおさえることで行使できる影響力は顕著に低下していくと考えられます。

その一方で、系統や貯蔵設備といった物理的インフラは重要性が高まることが見込まれます。さらに、物理的インフラに留まらず、デジタル化を通じた情報面での相互乗り入れなど、各国同士のコネクティビティとネットワークが、領土・海域・空域の安全保障を補完する可能性があります。

具体的には、中国の「一帯一路」や「グローバル・エネルギー・インターコネクション」といった構想は、20世紀に米国を中心として構築された海路のヘゲモニーと同等の重要性をもつ可能性があります。ただし、これについては、中国の影響力の増大やその経済性、環境影響に対する懸念も見られます。

その他にも、「自由で開かれたインド太平洋戦略(Free and Open Indo-Pacific Strategy)」のもとで米国・日本・インドのインフラとコネクティビティを高度化しようと試みるプロジェクトや、ASEANによる戦略「Connectivity 2025」、EUによる「欧州とアジアを連結するための戦略(Strategy on Connecting Europe and Asia)」など、各地で独自に連携を模索する動きが多数あり、インフラやネットワークの連携は、貿易地理めぐる新たな戦場になりつつあります。

このようなインフラやネットワークの連携は、新たな相互関係のなかで国や市民に連帯をもたらす地政的な接着剤となる可能性もあります。ネットワーク化されたコミュニティの創出と継続には高いレベルで信頼と自信が必要とされる一方で、いったん物理的および人的な相互連携が創られると、それが協力と共存を媒介するようになり、安定性と繁栄につながる可能性があります。

新しいエネルギー地政図と日本

ここまでIRENAのレポートを手がかりに、変容する世界のエネルギー地政図を概観してきました。このレポートが指摘する論点は、数年前から関係者の間で直感的に理解されていましたが、今回、IRENAのレポートというかたちで発表されたことで、方向性がより明確になったといえます。そして、このレポートで示されている論点は、現在、日本が世界の中でどのような位置にいて、どのような役割を果たす可能性があるのかを考える良い材料を提供しています。

では、変容する世界のエネルギー地政図のなかで、日本は今後どのような方向性に進む可能性があるのでしょうか。

ひとつの大きなリスクは、政治経済のリーダー層が、このレポートで示された変化の流れや速度を見誤り、分散型の自然エネルギーがもたらす競争の機会を見逃し、世界のなかで日本が立ち位置を失ってしまうことです。

近代化以降、日本の政治経済とエネルギーシステムは中央集中型で確立されてきたことから、長年、分散型の自然エネルギーを推進する動きは周辺に追いやられてきました。しかし、2011年の東日本大震災と福島原発事故を受け、ようやく自然エネルギーと支援政策の必要性が認識され、2012年に固定価格買取制度が導入されました。その後、太陽光発電の普及は大幅に加速したものの、依然として従来の中央集中型の思考とガバナンスがエネルギーシステムを規定しているため、分散型の自然エネルギーのポテンシャルを最大限活かすような方向へと転換できているとは言い難い状況にあります。

日本が分散型への転換に向けた一進一退に時間をかけている間に、中国をはじめとする世界の国々は急速に自然エネルギーを増やし、技術の覇権を競い、新たな影響力を獲得する動きを推し進めています。そして、その変化のスピードは年々速まっているため、気付いたときには日本は見る影もない、という状況に陥ってしまうことが予見されます。世界の急速な変化を認識することは難しく、また、変化は人々の認識を追い越して次々と先へ進んでいくため、政治経済のリーダー層は特に積極的に認識をアップデートすることが必要です。

一方で、日本は東アジアで自然エネルギーを通じた信頼の構築と相互連携をリードする役割を担える可能性もあります。国レベルでは歴史問題や領土問題をめぐって緊張関係があるものの、3.11後に国内各地で立ち上がった地域主導型の自然エネルギーの取り組みには、韓国や台湾などから視察も多く、日本が知見を共有できる重要な分野となりつつあります。このような草の根レベルの人的ネットワークのもとで交流を重ね、相互の信頼を醸成することで、将来的には自然エネルギーを通じた北朝鮮へのエネルギー支援や、東アジアの平和のためのエネルギー対話をはじめることも不可能ではないと考えられます。