電気料金は本当に安ければいいのか?

「電気料金はとにかく安い方がいい」というのは本当に正しいのでしょうか?最近、地域の新電力に多く関わっている私がずっと考えてきている課題です。短期的な価格にとらわれた安売り競争は地域の疲弊を招き、地域経済の持続的な発展につながらないことが予見されます。

電気の価値は値段だけにあるのか

小売電気事業をはじめるとき、新電力は料金をどうするかを必ず考えます。そして、基準としての金額=料金を設定することになります。新電力はそれが切り替え前より安くなることを強調するのが普通です。需要家は他の新電力と比べて、どちらの料金が安いかをチェックするでしょう。

現在、各地で電気の価格競争が激しくなっています。例えば、新電力に切り替えた需要家を旧一般電気事業者が驚くような安値で取り戻したという例が当たり前のように聞かれます。その結果、事業性が大きく落ちて、旧一般電気事業者に飲み込まれる新電力も出てきています。

もちろん、前提として公正で公平な電力の市場が成立しておらず、まともな競争が成り立っていないという指摘もあります。これはこれで必ず是正されなければなりません。

私は少し別の角度から、電気という商品を購入する時に、ただ値段の高低だけを見ればいいのかということを問わなければならないと思います。

特に、自治体の支払う電気料金は、金額を含め、地域への影響力が大きいことから、自治体に対して「電気料金は本当に安ければいいのか?」と問いたいと思います。

安売りすれば新電力は苦しいが、安い電気が手に入る自治体などの地域は潤うように見えますが、実は必ずしもそうではないのです。

電力の小売自由化と自治体施設の切り替えの流れ

これまでの小売自由化の流れを整理しておきましょう。2016年4月の電力の小売全面自由化で、多くの新電力が誕生しました。その数はおよそ600を数え、そのうち7〜8割程度の新電力が実際に電力の供給をおこなっています。この結果、高圧と低圧あわせておよそ15%程度の需要家が、いわゆる新電力に切り替えました。

その中でも、新電力の営業先としてターゲットになったのが自治体です。自治体の持つ公共施設は、例えば小中学校のように負荷率(平均電力需要と最大電力需要の比)が低く、切り替えによる電気料金削減効果が大きいという特徴があります。

元々保守的な考えを持つ自治体が多いのですが、例えば神奈川県はかなり早い時期から県の公共施設の大半を新電力に切り替え、何億円もの経済効果があったとされています。

一方、地元の旧一般電気事業者との関係から、かたくなに切り替えを拒んできた自治体も少なくありません。知識不足やかつての第三セクターのトラウマ、新電力の破綻などが、切り替え検討の足を引っ張るケースも少なくありません。「なぜ安くなるのかわからない」「怪しいところから買ったら後が大変」といった反応です。

ところが、最近は少し様子が変わってきています。地方財政がどんどん厳しくなる中で、少しでも支出を減らしたいという役所内の考えや議会からのプレッシャーを受け、検討を進めたり、実際に切り替えたりするところもかなり出てきています。周辺の自治体で実際に○○万円安くなったという情報が流れるようになったことも要因のひとつです。

自治体施設電力切り替えの「大きな分かれ目」

実はここからが肝心なところです。切り替えを進める自治体の間でやり方に大きな違いが発生してきているのです。

電力の小売全面自由化という新しい制度でまず強調されたのが「新電力の切り替えで電気が安くなる」というものでした。そして、もうひとつ少し遅れて流れてきた情報が「エネルギーの地産地消で地域から流出するエネルギー費が削減できる」というものでした。

後者はまだ定着しているとは言えませんが、地域活性化につながる可能性を求める地方の自治体の中で浸透しはじめています。そんな中で、電気をどこから買うかを検討しようという機運がやや遅れて沸き起こってきたのです。

ひとつ目の「電気が安くなる」はわかりやすい話です。単に電気料金が削減できるということですから、安いところを探せばいいのです。ところが、ふたつ目の「地産地消、流出エネルギー費」を理解するには少し勉強が必要でしょう。

とはいえ、議会や首長のプレッシャーの中、とにかく電気料金を下げるために動き出す自治体がこのところ増えてきました。

「安ければよい」を目指す、歪んだ動き

ある県内の自治体で「ESP方式」という電力供給会社の切り替えが流行っています。自治体への供給先を民間会社に任せるというやり方で、すでにこの県の市町村の6割近い市町村が取り入れているということです。

本来ESPとは、エネルギー・サービス・プロバイダーといって、大辞林によると「エネルギーマネジメントの手法を活用して、エネルギーコストの削減や経営管理などに資する多様なサービスや方策を提供する」会社です。ESCO事業の進化系とも書いてあります。

ところが、当該県のESP方式とは、前述したように電力を供給する新電力を自治体の代わりに選定するだけで、間に入る民間会社は実際のエネルギー需給などに関して具体的に何もしません。ただ「電気料金がどれだけ安くなるか」「新電力が会社として安定しているか」を比較するだけなのです。元来のESPである、さまざまなエネルギーマネジメントの提案や実際のエネルギー削減の実施とはかけ離れた内容です。

はっきり言って「なんちゃってESP」ですし、単に自治体の入札を代行しているようにしか見えません。批判を避けるためなのか、導入自治体はESP方式をおこなう民間会社を入札で選定していると言います。しかし、一定の地域でこの業務を行っている会社は1社だけで、結果としてすべてこの会社が落札しているようです。

その選定の結果はどうなっているのでしょうか。地元の旧一般電気事業者に代わって、すべてが県外どころか遠くエリアを超えた新電力から電気を受けることになりました。一方、電気料金削減の効果はまずまずで、軒並み1,000万円単位の電気代削減が進んでいます。

さて、電気代が安くなってこれで良かったのでしょうか。

まず、システムとしてこうした入札代行的なことが許されるのでしょうか。また、この民間会社は手数料として削減額の3分の1を得ることもあるそうです。行政が本来の役割を果たし、自ら入札をおこなっていれば、その分も削減されたはずです。もし市民がこういった点を「行政の怠慢」と批判するようなことがあった場合、自治体はどのように答えるのでしょうか。

それより、何かが大きくずれているように感じます。

「地元を遠く離れた新電力から電気を買うことで、その結果、地域外への流出エネルギー費が事実上増大」してしまっているのです。地域からお金が出ていく大きな原因であるエネルギー費を少しでも減らし地域活性化を図るという2番目の趣旨とは、まったく反対のことが進んでいるのです。

ESP方式が招いたもの

ESP方式の第一の目的が、公共施設の電気料金を削減することにあるのは明白です。ある自治体では、議会から「なぜうちの市は安くならないのか」と言われ、周りの自治体が採用しているこの方式を決めたといいます。

そこには、知識不足もあります。自治体の担当者としては、電気は安くしたいが、どの新電力を選んでいいかわからない、さらに事業破綻した新電力の例もあるのでリスクを避けたい。それならば、民間に選んでもらおう、という流れです。

新電力の選定は、ほぼその民間会社に丸投げになっているとのことで、具体的なところはわかりませんが、その民間会社は実際にかなり安くなる新電力を何らかの方法で選んできて「成果」を出しています。その会社は、忠実に業務を果たしているといえます。

実際の選定結果から見ると、元の料金と比べて20%以上の割引でした。普通の新電力ではとても太刀打ちできない値引き額です。これができるのは、旧一般電気事業者関連か大型の化石燃料などの発電所を保有する一部の新電力しかありません。実際にESP方式で決まった電力の供給会社は、すべて当該エリア外の旧一般電気事業者関係や大都市に本社のある新電力でした。特にエリア外の旧一般電気事業者は、他のエリアに食い込むため破格の料金を各地で提示して安売り競争の主役になっています。

こうした一連の取り組みの結果、地域からのエネルギー費流出に拍車がかかることになります。それまで地域に支店や営業所があり、地元に雇用もあったエリア内の旧一般電気事業者からの電力購入では、付加価値分の一部は地元にも落ちていました。しかし、上記のESP方式では、電気代と付加価値が丸ごと地域外(エリア外)に流出することになってしまいます。

エネルギー費の流出も問題ですが、自治体の当事者でも実際に何が起きているかわかっていないことがより深刻な問題です。ESP方式を導入した自治体は、地域からエネルギー費の流出が増えているのにもかかわらず、これで電気代が下がったと安心しているようなのです。

ここには自治体の中での縦割りの弊害もあります。自治体内部の他の部署では流出エネルギー費削減が重要であることを学習し、理解を深めつつある一方で、電気の購入を決める部署がそれに逆行する施策を進めてしまいます。電力の小売自由化のメリットを中途半端に知った結果が、地域からお金を流出させる原因となってしまいました。

問題の核心はESP方式の採用ではありません。とにかく「安い電気を買えればそれでいい」という姿勢です。ここでは自治体を例にとっていますが、これは個別の民間企業や家庭でも同じ理屈になります。安さに流れて電気の切り替えを進めた結果、地域からお金が出ていくことになる、回りまわって地域の経済に負の影響を与える、地域に住むすべての人に関わることなのです。

電気の購入先切り替えの「大きな分かれ目」

それでは、どうすればよいのでしょうか。その前に、私は「電気料金の削減が悪い」と言っているのではありません。電気料金が下がればもちろん下がった分だけ地域から流出するはずの電気代も減ることになります。

しかし、その時にいくら下がるかという「削減分の金額の多寡だけを見ていてはいけない」と言っているのです。新しい電気代の支払先が、地元の市町村なのか、県内なのか、地方の中なのか、また遠く離れたところなのかをチェックしましょうということです。それによって、エネルギー費が地域に残るかどうかがわかるのです。

場合によっては、電気料金の削減分をはるかに超えるエネルギー費の流出につながることは十分にあり得ます。ここに、地域経済にとって、「大きな分かれ目」があることに気づいてもらいたいのです。

ここでの答えはシンプルです。「そうだ、電気は地元の新電力から買おう!」です。

奈良の「生駒ショック」の波紋

ところが、安い電気代にこだわる自治体を増やすかのような出来事が関西地方のある新電力界隈で起きています。

その出来事の主役は、奈良県の生駒市にあるいわゆる自治体新電力「いこま市民パワー株式会社」です。生駒市をはじめ、大阪ガスや南都銀行などの民間企業、それに市民団体も出資に加わり、2017年に設立されました。

そして、その出来事とは、いこま市民パワーが市の保有する施設への電力供給を随意契約で決めたことに端を発します。これに対して、一部の住民が「生駒市が周辺よりも割高な電気代を負担している」と2018年に監査請求を出しました。これは2019年2月に退けられましたが、直後に生駒市のある市会議員が随意契約は不当に高い料金で市民に損害を与えていると訴訟を起こしたのです。

全国にはおよそ40程度の自治体新電力(自治体が出資している新電力)がありますが、そのほとんどが自治体の施設へ随意契約で電力を供給しています。単純な入札をすれば、圧倒的な基礎体力のある旧一般電気事業者や大規模新電力に価格では負けてしまう背景があるからです。実際に、生まれたばかりの力の弱い新電力には無茶な価格競争力はありません。

そんな中で「電気料金の額だけで契約先を決めろ」と言わんばかりの訴訟が起きたことは、既存の自治体新電力やこれから立ち上げを考えている自治体などにとって、少なくないショックを与えることになりました。電気代を安くしないと訴訟を起こされるかもしれない、と。

生駒市で起きていることは、ある意味で今の地域や自治体新電力を取り巻くさまざまな出来事や課題を象徴的に表しています。

「生駒ショック」が示すもの

いこま市民パワーに起きた訴訟騒ぎは、一見、地域の新電力が周辺自治体より高い電気料金で随意契約するのがおかしいという、単純な契約の不当性を問いただしたものに見えます。

しかし、ここには少しややこしい背景があります。いこま市民パワーの主要な出資者にエリアの大手ガス会社(大阪ガス)がいて、一方、周辺自治体の電気料金を大きく下げたのがエリアの旧一般電気事業者(関西電力)だということです。そのため、一種の代理戦争に自治体が巻き込まれたという見方もできます。この訴訟自体が、仁義なき値下げ合戦の象徴だととらえてもいいのかもしれません。

経緯を分析すると、訴訟に至った原因のひとつに監査請求を巡る議論での非公開性や手続き論の問題があるというのも事実です。見出しの1点だけでは、ニュースは読み切れないということもここでは示されています。

目的が明確であれば、訴訟は怖くない

市の監査委員会が、監査請求の棄却を決めた文書を見ると「随意契約を破棄して、損害分を返却せよ」という監査請求は、結局棄却されました。その理由は、まとめると次のようになります。

まず「市の主導で設立されたいこま市民パワーを通じ、市は再生エネの普及による低炭素まちづくり、地域経済の持続的な発展及び市民生活の活性化などの政策を達成することを目指している。将来を見据えた意欲的な取り組みである。」と目的を評価しました。そして、「周辺自治体の電気料金の低減額との差が不当に高額であるとは言えない。」と結論付けました。

さらに「政策の遂行のためには、一定の負担や費用(コスト)が発生し、また結果がただちに現れるとは限らない。現時点でのコスト発生だけで、政策を否定することは妥当でない。」と示しました。つまり、いきなり結果だけを求めることは将来の可能性をつぶすことにつながるとしたのです。

この監査請求棄却の内容を不服として、この後に訴訟となったのですが、私はここで示された棄却理由だけで、十分反論ができていると思います。生駒市は、はっきりと「自治体新電力立ち上げは、電気代を安くするためだけではない」と言い切っています。目指すのは、「低炭素のまちづくり、地域経済の持続的な発展及び市民生活の活性化」だとしているのです。

ただし、すべての自治体がこのような考えを持っているわけでもありません。残念ながら多くの自治体でも、訴訟を起こした側と同じ「安ければいい」という考え方が主流であると想像されます。問題は生駒市ではなく、短期的な価格至上主義にあると考えられます。

いこま市民パワーに残る課題

目的が評価され、監査請求が棄却されたものの、いこま市民パワーにも課題はあります。

まず、実際にこの「良き目的」をどのように実現していくかです。監査請求を棄却した文書の中でさえ、市の示すロードマップは抽象的だと苦言を呈されています。

また、棄却内容でも「電気料金の差=目的実現のコスト」を強調しすぎるあまり、今後生まれる価値としての「地域経済の持続的な発展及び市民生活の活性化」の内容を具体的に示すことができていません。今後、市は流出エネルギー費の削減効果や付加価値の地元での循環、有力地元企業(いこま市民パワー)の誕生による経済効果などをもっと数値化する努力をすべきです。

再エネ電力の価値についても、CO2削減効果は書かれていますが、RE100を目指す企業への再エネ電気の付加価値分や企業誘致効果の観点からの考察も抜け落ちています。値段だけではない「電気の質」をもっとクローズアップしてよいところです。

また、若干お粗末ですが、現在のいこま市民パワーの電力の調達先の96%以上が大阪ガスであることについて、事業の安定のために必要であるとだけ書いていますが、苦しい言い訳にしか聞こえません。

ここで気をつけるべきなのは、一部のローカルでの問題点と本質的な価値を分けて考えることです。現在の新電力、特に地域や自治体新電力を総体として分析するのはとても重要なことです。詐欺まがいの新電力が破綻したことや、債務超過になっているケースをすべての新電力の性質であるかのような言い方をすることが正しくないのは、だれが考えても当たり前だからです。

経済効果を数値化することの意義

生駒市のケースを含め、いずれ求められるのは、地域や自治体新電力の経済効果をわかりやすく数値に落とし込む作業です。

2019年4月、京都大学と日立製作所で作る日立京大ラボが、「自然エネルギー自給率95%によって、地域社会の経済循環率が 7.7 倍向上することを実証した」と研究の成果を発表しました。地元発の再エネ電力に切り替える(95%の切り替え)ことによって、100%地域外からの電気を購入していた場合に比べて、経済効果が7.7倍になるというものです。

電気代の削減だけではなく、地域への幅広い経済効果を新電力の指標とする上で、非常に重要な研究成果です。

地域の新電力とSDGs

最後にもうひとつ、ブームにもなっている「SDGs」についても触れておきたいと思います。SDGsとは、2015年の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030年までの国際目標」で、17のゴール、169のターゲットから構成されています。ここでは細かいことは省略しますが、民間企業は大きなビジネスチャンスと沸き、自治体は国から実現へのプランをつくるようにプレッシャーをかけられています。

自治体におけるSDGs実現の第1の課題は、ゴールやターゲットは山ほどあるのに、そこに至るまでのシナリオがないことです。地域ごとに背景も違うので、ある意味当然ですが、実施を迫られる自治体にとっては、闇夜に電灯なしで目的地までたどり着けと言われているようなものです。

ここからは私の持論にもなりますが、その実現のパートナーとなり得るのが、地域や自治体新電力だということです。自治体単独では、多くのゴールへと到達することはできません。勘違いしてはいけないのは、大都市からの有名コンサル会社は必ずしも良いパートナーにはなりきれないということです。なぜなら、彼らは地域のことをほとんど知らないからです。地元のことを知っていて、実際に地元で一種の公共的な電力事業をおこなっている地元資本の会社だから、相談相手になれるのです。これは、電気の価値とは別の「新電力としての価値」です。

地元が一緒になれる目標を持つことで、SDGsのゴールを含む多くの課題解決への道が開かれます。外だけに頼るのではなく、外の力もうまく使えるようになれば、真の地域主役の時代が必ずやってきます。

忘れていました。「電気は安ければいい」のでは、決してありません。

日本再生可能エネルギー総合研究所 メールマガジン「再生エネ総研」第108号(2019年6月11日配信)、第109号(2019年6月16日配信)、第110号(2019年7月25日配信)より改稿