道しるべ

昨年4月、初めて訪れ、右も左も分からないスウェーデンの首都、ストックホルムの街でランニングをした。中世の風情を残す古いレンガの建造物を眺めながら、緑豊かな運河沿いの歩道を道なりに心地よいリズムを刻む。

数キロほど進み、三叉路で道を折れ小さな橋を渡り、木製のクラッシック・ボートが並んでいる細い運河を渡ると、寄宿舎のような建物に行き当たった。

傍らの小さな金属板に刻まれた文字を追うと、そこは、かつて刑務所として使われていた建物であり、スウェーデンの民主主義実現のため、労働運動や反ファシスト運動に身を捧げた、多くのレジスタンスたちがここに政治思想犯として投獄された事実と、おそらくは著名なのであろう11名の民主運動の”闘士”の名前が並べて刻まれていた。案内文の結びにはこうあった。

Vision of another future society, however, could never be banished to Langholmen.(結局、彼らが思い描いた未来の社会へのヴィジョンをここ(ロングホルム)に幽閉することはできなかった。)

小回りのきかぬ「国家」という巨大システムと対峙した個人の不条理な運命を、後世の社会がどのように包摂し、未来に向け社会を前進させるのか。自国の負の歴史を隠さず、あえて明確に提示しているスウェーデン社会と、そこに偶然いざなわれるようにたどり着いたことにも深い感銘をうけた。

帰国後、この施設は文化遺産として保存するため、ホテルとしてリノベーションされて活用されていることを知り、そのしなやかな手法にも驚ろかされた。

旅の道中での遭遇は、昨年末に1ヶ月ぶりに再訪した大晦日のソウルでも経験した。

夕刻、ソウルの仁寺洞(インサドン)の茶店で韓国風お汁粉を堪能し、散歩がてら昌徳宮(チャンドククン)近くのカフェを目指していると、路傍の石のモニュメントに気がついた。

それは、1919年に起こった3.1独立運動の当日、学生や宗教団体に配った「3.1独立宣言書」を保管していた跡地であった。当時のいわゆる3宗教団体の民族代表33人のモノクロームの顔写真と氏名、「宣言書」を拡大したものが設置され、傍らにハングル、英語、中国語、日本語4カ国語による解説には、こう刻まれていた。

人類の平等という大義と、民族の自決という正当な権利が盛り込まれた『宣言書』の価値は、大韓民国臨時政府の憲法から今日の憲法前文に至るまで、その冒頭に刻まれ、受け継がれています。

地球のどこにも楽園はない。どの国もどの社会もそれぞれの課題を抱えながら、いつかたどり着く彼方への旅の途上にある。ただ、道を失いそうなとき、立ち返るコンパスのごとき道標を広く世界に明示し、社会がどのような物語を共有して現在に至るのか、その道程を明確に語りうる社会ほど、より遠くへたどり着くような気がしてならない。