小泉環境相の「正直、開き直り、アクション」

2020年2月25日

小泉進次郎環境大臣の誕生から、まもなく半年になる。ここでは、エールの思いも込めて、彼のこれまでの環境大臣としての言動、特に温暖化問題に関する認識や発言を分析評価する。

正直だけど

小泉氏は、大臣に就任したばかりの2019年9月、ニューヨークでの温暖化問題に関する国連会議に出席した。「石炭火力発電をどう減らすか」と外国人記者に聞かれて、何も答えられなかった(文字通り数秒間絶句していた)。このような反応に対しては「政治家として稚拙」という批判もでた。しかし、ある意味で彼の対応は非常に正直だともいえる。なぜなら、今の日本の石炭火力推進政策や温室効果ガスの排出削減数値目標は、実質的に経産省が決定権を持つエネルギー基本計画によって、ほぼ一意的に決まってしまうからだ。

同情もするけど

そして、最新の第5次エネルギー基本計画では、省エネと再エネの軽視、および石炭の重視が明記されている。すなわち、環境省は石炭火力推進政策に関しても、温室効果ガス排出削減目標に関しても、強く関与できるような仕組みにはなっていない。そして、閣議決定されたエネルギー基本計画を覆すような発言をするのは、官僚はもちろん、大臣でも無理なのである。

もちろん、脱石炭や数値目標の引き上げに関しては、環境省もただ黙っているだけではなく、国内で具体的な議論を始めたいと思っている。しかし、エネルギー基本計画の改定は通常は3〜4年というサイクルであり、次回の改定は今から1年あるいは2年後である。それを理由に、これまで経産省も官邸も乗り気ではなく、それでは環境省は何もできない。なので、絶句というのは、「正しい」反応だとも言えるし、正直に同情する。

自虐的な「石炭中毒」

しかし、同情はするものの、最近の彼の言葉には違和感も感じる。例えば、2019年12月のスペイン・マドリードで、国連気候変動枠組み条約第25回締約国会議(COP25)があった。そこでは、各国政府代表団やNGOが記者会見を実施し、交渉の進捗(しんちょく)状況や各組織のポジションなどについて説明した。会期終盤に近づいた12月12日、日本政府が記者会見を行い、小泉環境大臣が一人で説明し、一人で質問に答えた。

記者会見で小泉大臣は、「石炭中毒」という多少自虐的な言葉を使って日本の状況を説明した。なので、少なくとも温暖化対策において石炭火力が重要な問題であることは認識している。彼は「自分は日本の石炭火力推進政策に関しては、なんとか変えようと努力した。具体的には、日本が公的資金を石炭火力技術の輸出に使っていることをなんとか止めさせるよう調整した。しかし、結果はダメだった」と、これも正直に答えた。

開き直り?

確かに、公的資金を使った海外への日本の石炭火力発電技術売り込みは「死の商人」として国際社会から厳しく批判されている。一方、今、実際に動いている案件は少ない。したがって、現行の日本の石炭火力推進政策を変えるという意味では、日本国内の石炭火力の新設を禁じたり、稼働中の石炭火力を止めたりすることに比べれば、海外への日本の石炭火力発電技術売り込みの見直しは、政治的には圧倒的に簡単なはずである。

そうだと思って環境大臣も試みたのだと思われるが、結果はダメだった。最近の記者会見(1月21日)でも、ベトナムの石炭火力発電所の建設への日本の公的資金供与に反対の立場を表明している。反対の理由として、日本のメーカーが関わっていないことも問題にしている。

COP前に調整を試み、今でも試みていることは評価する。彼が正直なのも認める。しかし筆者が感じた違和感は、調整がうまくいかなかったことを、サラッと言ったことに対するものだ。

彼のスタイルなのかもしれないものの、一言で言えば、開き直りに聞こえた。少なくとも、もう少し申し訳なさそうに言って欲しかった。あるいは経産省や官邸への怒りや自分の力量不足に対する無念の思いを表情に示してほしかった。

責任転嫁?

COP25の記者会見で大臣は「石炭火力が悪いもの」という事に対して、海外と日本では認識のキャップがあることも強調していた。それに対しても2つ言いたい。

第一は、そもそも国民一般でなく、ご自身の認識が不十分だったのではないのか(石炭火力が問題であることに対する認識がなくても、環境大臣にはなれてしまうのが日本なのだろう)。

第二は、国民にきちんと伝えるのは政府の責任であり、石炭火力が問題だという認識が不十分だとすれば、その原因は政府の怠慢でしかない。むしろ、政府全体としては隠してきたようにも見える。これに対しても反省の言葉はなかった。結局は「無知な国民」に責任転嫁しているように聞こえた。

記者の質問に答えず

同じ記者会見で、会場から「2030年の温室効果ガス排出削減目標を引き上げる考えはあるのか?」という質問があり、大臣は、この質問に対してストレートには答えなかった。

前述のように、2030年の削減目標を変えるにはエネルギー基本計画の中のエネルギー・ミックスの数値を変える必要があり、それは経産省との全面対決を意味する。なので、今の削減目標の数字は変えず、数字以外の分野で、何らかのものを適当に「アクション」と名付けて示せばなんとかなる、と思っているようなふしがある発言をしていた(と筆者は感じた)。

しかしこれは、いわゆるコスメティック、よりストレートに言えば目くらましであり、「経産省にもう白旗をあげたのですか?」と言いたくなる。

温暖化対策の国際交渉の文脈では、具体的な排出削減量として客観的かつ定量的に明示できないアクションは全く意味がない。よく考えれば、それは誰でも分かることだ。そして現在の数値目標の引き上げ以外は、温室効果ガス排出削減という本質的意味で「アクション」になりえない。日本国民はだまされるかもしれないものの、国際社会をだますことは不可能だ。

大臣としてとるべきアクションとは

会期を通して、小泉大臣が英語でスピーチや交渉したことは評価できる(今まで、英語を十分に話せる大臣がいなかったこと自体が、日本の政治家のレベルを示している)。体力や気力もあるのだと思う。精力的にバイ(2国間)での交渉を行い、それに対して最後の全体会合で数カ国から感謝の言葉があったのも事実だ。

ただ、日本の代表団や大臣が頑張ったパリ協定第6条は、温暖化対策の全体目標を達成するという意味ではマージナルな方法論の問題である。また、結果的には、日本の代表団がプッシュした妥協案は、カーボン・クレジットのダブルカウントを部分的に認めるものであり、温暖化対策になるどころか、逆に温暖化促進になる。

前述のように、温暖化の国際交渉の文脈でアクションと呼べるのは、排出削減数値目標の引き上げ以外にない。パリ協定は、その引き上げを今年の早い時期に発表することを各国に要請している。したがって、国民を味方にしつつ、官邸にかけあってエネルギー・ミックスの改定の議論を国内で早急に始めるべきと強く説くことが、今、彼に最も期待されるアクションである。時間は全くなく、事は急を要する。

日本政府がCOP25会場に設営した日本パビリオンの壁には、大きく「アクション、アクション、アクション」という言葉が掲げられていた。それが単なる飾りでないと信じたい。

WEBRONZA「小泉環境相の「正直、開き直り、アクション」(2020年2月7日)」より改稿

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東京生まれ。東北大学東北アジア研究センター・同環境科学研究科教授。東京大学農学系研究科修士課程修了(農学修士)、インシアード(INSEAD)修了(経営学修士)、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了(学術博士)。京都大学経済研究所客員助教授などを経て現職。2010年〜2012年は(公財)地球環境戦略研究機関(IGES)気候変動グループ・ディレクターも兼務。著書に、『グリーン・ニューディール: 世界を動かすガバニング・アジェンダ』(岩波新書、2021年)、『脱「原発・温暖化」の経済学 』(共著、中央経済社、2018年)、『クライメート・ジャスティス:温暖化と国際交渉の政治・経済・哲学』(日本評論社、2015年)、『地球温暖化:ほぼすべての質問に答えます!』(岩波書店、2009年)など。

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