デクノボーの希望

コロナウイルスの勢いが止まらない。

日本では、横浜港に接岸した大型クルーズ船の乗船客への対応を巡って、感染エリアの適切なゾーニング管理が行われなかったことが指摘され、国内外から多くの批判を浴びた。

今回の新型コロナウイルスのパンデミックは、私たち人類が実は、地球という巨大な船の乗客に過ぎない事実を突きつけている。かつて唱えられた「宇宙船地球号」なる概念を引き合いに出すまでもなく、私たちが宇宙空間に浮かぶ惑星の表層、逃げ場のない限りある空間に生存している事実は、誰にも否定しようがない。

そのとき居合わせた「客室(国や地域)」によって、ストーリー展開は異なるが、決定的な治療法がない現状においては、基本的にはウイルスに「近づかない」という消極的な対処法しかないのは、どの部屋にいても同じだ。

ウイルスは、自己増殖のみが使命。生存可能な空間であるかぎり、ひたすら拡散と変異を繰り返す。人間にしか見えぬ「国境の壁」などやすやすと越え、今や地球全域に拡大しつつある。人類が過去、どれだけ感染症を克服し駆逐してきたといっても、それは衛生環境の向上やワクチン開発によって、社会活動と人の数が「回復」し、「分離」あるいは「共生」できる状態に復旧しただけで、なにもウイルスや細菌が地球上に存在しなくなったわけではない。

連日連夜、世界各国が、新型ウイルスの襲来と経済活動の凍結をトップニュースとして取り上げている。「非常事態宣言」を発令した国や都市も日ごと増え、ゴーストタウン化した街並みの映像が、次々と配信されている。人間社会という包装紙を引き剥がすと、だれもが、同じ「人」という一生物種に過ぎないという当たり前のことを、これほどまでリアルタイムで見せつけられた経験はない。

かつて、古代国家という「船室」の区分が、地球上にボンヤリとできた頃、人は、自らもその地球という船の一部を構成する生物であることを大切にしてきた。宗教や芸術を通じて、自らの内面に船(=自然)の摂理が息づいていることを感じ、自然の文脈と一体であることがすべての社会の起点に置かれた。

季節ごとに祭礼が行われ、その際に使われる建造物は一年間の太陽の運行に合わせた方角に設置されていた。作物は「祈り」によって「実り」、命は「身(実)ごもる」ものであった。

しかし、やがて、近代産業の勃興とともに、人々は「国民国家」という薄っぺらな物語の誘惑に負けてしまう。さらに「人間」が、「人材」と呼ばれるような時代になると、しだいに船の存在を忘れ、壁を厚く塗り固め、それぞれの船室に引きこもる傾向に拍車がかかる。

プラハの労働者災害保険局の公務員であったフランツ・カフカの生きた時代は、そんな大量生産と国民国家が連動した20世紀の幕開けと重なる。言葉は魂を失い、記録されなければ存在せず、そして存在しないものは、無意味であるというニヒリズムに満ちた社会の誕生を十分予感させる時代だった。

しかしながら、カフカの寓話の主人公たちは、言語以前の世界の「無垢なるものたち」ばかりであった。ある朝、眼覚めるとベッド上で巨大な昆虫になっていた役人(「変身」)。神秘のベールに包まれた官僚機構に言われるまま決して開かぬ門の前で生涯を終える男(「城」)。理由がわからぬままに逮捕され、犬のように殺さゆく銀行員(「審判」)。

かれらは、倫理なき統治と機能しない社会システムによって、ある日、徐々にその存在をかき消されてゆく。それは、驚くべきことに21世紀現在「われわれの世界」において、日々ニュースなどで見聞する現実世界のありようそのものである。

世界中で5億人の感染者を出したとされる「スペイン風邪」に感染したことで、結核の再燃を招き、40年の短い生涯を閉じたカフカ。

彼は、「われわれの世界」を生きながらも、別の世界の「希望」の存在を固く信じていた。それは、彼より一回り年下で、ほぼ同時代を生きた宮沢賢治が見つめていた「「愚者(デクノボー)の希望」とでも呼ぶべき世界観と同じであることを指摘されたのが、文化人類学者の今福龍太氏である。

今福氏は、著書『宮沢賢治 デクノボーの叡智』(新潮新書)において、賢治が遺した大量のノートや詩作を丹念に紐解き、「デクノボー」の声に耳を傾ける。

生前わずか2作品(「春と修羅」、「注文の多い料理店」)を自費出版しただけで、急性肺炎により、カフカと同じく、37年という短かすぎる生涯を閉じた賢治。

彼もまた、風と光や大地を愛し、岩や森や星々を友とし交信した。北の大地、花巻の豊かな自然の中で、生みだされた数々の童話の主人公たち。

今福氏は語る。

人間の「知恵」から離れ、むしろ「愚かさ」に向けて回帰していった未熟で不器用な動物たち。彼らは、言語以前(インファンティア)の感覚だけがその存在を感知できる世界の住人であり、自然の母胎から完全には離脱していない、聖なる無垢を内に抱えているものであった、デクノボーたち。

誰かを助けるためには人は愚か者でなければならない。そして愚か者の助けだけが本当に助けである(中略)「愚者たちの希望」こそが真の希望です。そしてそれは「われわれのものではない希望」なのです。われわれが現実と考える世界の彼方で息をひそめている、デクノボーの叡智に根ざした、ほとんどありえない、淡い希望です。逆説的ですが、それが世界の深い真実なのかもしれません。

愚者とは狡知のかけらもない者。世の理を無視し、自由の意味をはきちがえ、人倫をあからさまに否定する独善的な奸智に決して与しない、「無知の知」を抱く者たちです。私は、賢治とともに、人間が「われわれ」の論理から脱して、愚者の共同体のなかに場を見出すことの可能性について、考え続けていきたいと思うのです。

そこに、人間の本当の故郷があるかもしれない可能性を、探究してみたいと思うのです。その愚者の国を追放し、狡知という偽りの知性によっておのれの世界を構築し、それをもって唯一の「われわれの世界」であると思い込む傲慢からは身を引き離して。希望という言葉がデクノボーのためにとってあることを、いつか発見できる日が来ることを夢見ながら。

今福氏によって「再発見」されたカフカや賢治の見つめた「デクノボーの叡智」。私は、以前、坂本龍一氏の力によって、その一端を垣間見ることができた。

それは、今から6年前、YCAM(山口情報芸術センター)で開催された坂本龍一氏の ”Forest Symphony” という不思議なコンサートに観客として参加させていただいた時の体験。そこには、世界各地の樹木が発している微細な生体電位を樹皮の表面に装着した特殊なセンサーで受信し、それをウェブを使って会場に集結させていた。それらの電気信号を人間の聴覚域でキャッチできるサウンドに増幅変換し、坂本龍一氏が、それらの樹木が発する「声」に即興演奏で応えるという世界初のライブパフォーマンスだった。

来場者全員が息を潜めた会場に、静かな土の匂いのするような独特の重奏低音ノイズがホールに響き渡る。それは地球上で、人類史よりも遙かに長い時間軸で生きるものが発する波長であり、その息吹は荘厳な生命力に満ち溢れ、耳で聞く音というより背筋に響く「語り声」そのものであり、五感が痺れる貴重な体験だった。

私の暮らす下関の市街地から25キロほど離れた川棚温泉に、樹齢千年以上とされる大楠がある。四方にそれぞれ50メートル以上、枝を広げる生命力に満ちた姿から、一本の樹木でありながら「クスの森」と昔から地元では親しまれている。

それは、かつてこの地域が、温暖湿潤な西日本有数の豊かな森林地帯であったことを物語っている。集落ごとの「鎮守の森」のスケールを越え、地域の山と水の恵みを象徴する「主(ぬし)」として、いにしえより崇め奉られ、人々の営みを見守り続けてきた。

その大楠が、3年前、突然、すべての葉を落とし、生命活動を停止した。原因は、明白だった。観光客を誘致しようとその数年前に樹木の周囲をコンクリートで封じ、片側斜面を切り開き大型バス用の駐車場を整備したため、地中深くに四方に伸びる長大な根に水と酸素が届かなくなっていたのだった。あわてて全国の樹木医や専門家が呼ばれたが、あとの祭りである。どれだけ処置を施しても、かつて山頭火が「青あらし」と詠った豊かな枝葉は再生しなかった。

まさに「われわれの世界」の狡知が引き起こした悲劇以外のなにものでもなかった。

ところが、昨年、信じられないことがおこった。元々、葉の茂っていた枝の先ではなく、大楠の巨大な幹や大枝の付け根など通常ではあり得ない場所から、次々と若葉が芽生えたのだ。専門家によるとそれは「潜伏芽」といい、非常事態を察知した樹木が生命を繋ぐ最後の手段として、自らの樹皮細胞が分化して、萌芽する特異な現象を指すそうだ。

先日久しぶりにロードバイクでクスの森に会いに行った。確かに樹幹から若い芽が茂っていた。坂本龍一氏が教えてくれた音楽が、青い梢の間にあふれ出していた。

千年かけて伸びた、数十メートル伸びる大枝は腐食して落ちるだろう。しかし、新しい「潜伏芽」が次の世代の若い枝となり、新たな根を張り、新たな千年の時空を旅するだろう。

それは「デクノボーの希望」の光景そのものだった。私の暮らすこの土地もかつては、豊かな自然が生み出す芳醇な物語にあふれていた。みな同じ船に乗る生きとし生けるもの同士であった。薄っぺらな国の物語や言葉になぞ、耳を傾けるものなどいなかったのだ。

私は昨日、自ら命を絶った一人の公僕が、坂本龍一氏の音楽をこよなく愛していたことを知った。遺された家族が、彼の遺書を公開し、国を訴えた。その弁護士の記者会見のテーブル中央には、坂本龍一氏の自伝「音楽は自由にする」が置かれていた。

それが、今夜、デクノボーになりきれない私が、今福龍太氏の著作の力を借りて、この拙い文章を記した理由のすべてである。銀河に旅立った彼が、宮沢賢治やカフカと共に天空の音楽を穏やかに語り合っていることを祈りたい。