だれがグリーン・リカバリーを邪魔しているのか

2020年10月9日

「グリーン・リカバリー」という言葉が流行っている。多くの場合、「新型コロナウイルスの感染拡大がもたらした経済停滞からの回復を、気候変動対策とともに進める」というような意味合いで使われている。先日、小泉環境大臣が、国際社会に対して、「各国のグリーン・リカバリーに関する情報をオンラインで共有して気候変動対策の強化につなげよう」と呼びかけた。これ自体は悪いことではなく、多くの国で情報やサクセス・ストーリーは共有されるべきだと思う。

これまでも「グリーンなんとか」という言葉はたくさんあった。往々にして、このような言葉は、社会に対する大きなインパクトを持たないまま、ただ消費されて消えていく。「エコ」「地球にやさしい」など、販売促進のためのマーケティング用語になってしまっている場合もある。グリーン・リカバリーという言葉が持つ意味を少し深く掘り下げて、今の日本で具体的に何をするべきかについて考えてみたい。

リーマン・ショック後のブラウン・リカバリー

グリーン・リカバリーという言葉は、2020年4月ごろから、欧米の研究者や国際機関が使いはじめた。彼らの念頭にあったのは、2009年のリーマン・ショックの際のブラウン・リカバリーである。2009年に世界の温室効果ガス排出は1%減少したにもかかわらず、2010年は4.5%増加し、その後の5年間平均は年2.4%増加であった。景気回復策によって温室効果ガス排出はリバウンドしてしまった。

今回のコロナ禍で、2020年の世界全体の温室効果ガス排出は8%減少すると予測されている。雇用創出や経済成長を達成しつつ、温室効果ガス排出のリバウンドも防ぎ、気候変動やパンデミックのような危機に対してレジリエントな社会もつくるというのがグリーン・リカバリーの狙いである。

コロナの前から、グリーン・リカバリーのベースとなる考え方はあった。それは 〝グリーン成長(Green Growth)〟であり、数年前からは〝グリーン・ニューディール(Green New Deal)〟が研究者や政治家によく使われている。

例えば、2019年2月、米国の最年少下院議員であるアレクサンドリア・オカシオコルテスらは、まさに「グリーン・ニューディール」という決議案を下院に提出している。この決議案は、再生可能エネルギー関連インフラへの投資を拡大し、化石燃料に依存する経済社会システムの転換を目指したもので、雇用や格差などの社会問題とも連係させている。民主党の大統領選候補に決まったバイデン元副大統領は、最近、このオカシオコルテス議員を気候変動対策のブレーンとすることを発表した。

これまでは、世界でも日本でも「環境よりも経済」という考え方が、主流のパラダイムであった。例えば、1967年に日本で制定された公害対策基本法の1条2項には、「生活環境の保全については、経済の健全な発展との調和が図られるようにするものとする」とある。これは環境調和条項と呼ばれ、通産省(当時)や産業界が入れることを強く要求し、水俣病をはじめ公害問題で日本中が騒然とする1970年にようやく削除された。

そして、いまでも「環境 vs 経済」という構図はそれほど変わっていない。日本の場合、経産省と環境省との間の仁義なき戦いは相変わらず続いており、2011年の東日本大震災および福島第一原発事故も、そのような状況を変えることはなかった。逆に、復興という名目のもと、経済優先が強まった。あれほどの原発事故があったのに、国政レベルの選挙では原発やエネルギーの問題が大きな争点にならない。背景には、多くの人が、政府や一部の産業界が流し続けている「原発や石炭火力のコストは安い」「原発がないと電気代が上がる」という議論を、正しいと信じてしまっていることがある。

「環境も経済も」へのパラダイムシフト

パラダイムをシフトするためには革命が必要で、エネルギーの世界ではその革命が起きた。再エネのコモディティー化による価格破壊である。太陽光や風力は、すでに多くの国・地域で最も安い発電エネルギー技術となっており、国によっては既存の石炭およびガス発電所の運転コストよりも安い。

そのため、原発や石炭火力を経営資産として持つ企業は、なりふりかまわず政府に援助を求めはじめている。いま日本では、電力供給が可能な発電設備を保持するインセンティブとして「容量市場」が導入されようとしている。端的に言えば、新たな国民負担(電気料金の値上げ)によって既存の原発と石炭火力発電を維持する補助金制度である。

欧州各国は、石炭火力発電を廃止する具体的なロードマップを決めている。その中身には、石炭関連産業が執拗に求めた金銭的な補償が盛り込まれた。日本の先を行く欧州では、生き残りを模索するというよりも、なるべく多くの補償をもらいながら雇用転換や企業経営の方向自体の転換を進めていく、という条件闘争のフェーズになっている。

即効的なグリーン・リカバリーは省エネ

では、最も効果的なグリーン・リカバリーのための政策はなんだろうか。グリーン・リカバリーのための特別な気候変動対策は存在しない。グリーン・リカバリーとは結局、原発や化石燃料に利権を持つ人が長く反対してきた「再エネと省エネの導入拡大」でしかない。

ただ、短期間で実施できて、かつ経済効果も大きいという意味では、いまある建築物の断熱工事による省エネが最も優れている。そのための補助金などの拡充は早急に検討されるべきだ。また、森林や公園の整備などの自然資源投資も、短期で実施できて雇用創出効果は大きい。再エネや電気自動車関連インフラへの投資も、雇用創出や経済効果は極めて高い。逆に、してはいけないのが、高速道路無料化や航空会社・自動車会社への無条件での資金注入などである。

産業連関表を用いた最近の研究によると、100万ドルの財政支出は、再エネ産業の場合は7.49人、省エネ産業の場合は7.72人、それぞれフルタイムの雇用を創出するが、化石燃料産業の場合はわずか2.65人である[1]

[1] Heidi Garrett-Peltier (2017) “Green versus brown: Comparing the employment impacts of energy efficiency, renewable energy, and fossil fuels using an input-output model” Economic Modelling, Volume 61, February 2017, Pages 439-447.

エネルギー基本計画を変えるしかない

日本でグリーン・リカバリーはすすむだろうか。残念ながら、今のままでは、答えは限りなくNoに近い。なぜなら、いまの政府のエネルギー基本計画が、原発と石炭火力を重要な発電エネルギー技術と位置付けており、そのために再エネや省エネの導入はそれほど進めず、大手電力会社の独占体制も維持する内容になっているからだ。

最近、政府は非効率な石炭火力発電所の廃止を決めたものの、高効率発電所の維持や新設は認めており、石炭火力発電の設備容量の減少量は2割程度である。すなわち、政府の基本方針は大きくは変わっていない。

実は、前述の「容量市場」以外にも、「非化石価値取引市場」「ベースロード電源市場」という二つの新しい制度が導入されつつあり、共に上記の「原発と石炭火力と大手電力会社独占の維持」を促すような制度設計となっている。

これらの制度の導入を止め、エネルギー基本計画を抜本的に改定し、予算の手当てをしながら省エネと再エネの導入を確実に促進する制度を、一つでも多く着実に入れていくしかない。それしか、本当の意味でグリーン・リカバリーを達成する術はない。

公約に「グリーン」を入れる

これから日本は選挙の季節となる。先の東京都知事選の候補の中にも、グリーン・ニューディールを公約に入れている候補がいた。

私が関わる研究グループのメンバーは、最近、「原発ゼロ・エネルギー転換戦略」という、国のエネルギー基本計画の代替案を発表した。手前みそになるが、このような包括的で具体的な対案は、いま現在、ほかには存在しない。

原発や化石燃料発電は、経済合理性がないことが明らかになりつつあり、「環境も経済も」へのパラダイムシフトは起きている。それなのに、日本では、その流れに逆行するような制度が導入されようとしている。そのような状況を国民に広く知らせるためにも、原発、温暖化、エネルギーの問題が、国政レベルでも、地方レベルでも選挙の争点となってほしい。その際に「原発ゼロ・エネルギー転換戦略」が活用されれば幸いである。

WEBRONZA「だれがグリーン・リカバリーを邪魔しているのか」(2020年7月16日)」より改稿

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東京生まれ。東北大学東北アジア研究センター・同環境科学研究科教授。東京大学農学系研究科修士課程修了(農学修士)、インシアード(INSEAD)修了(経営学修士)、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了(学術博士)。京都大学経済研究所客員助教授などを経て現職。2010年〜2012年は(公財)地球環境戦略研究機関(IGES)気候変動グループ・ディレクターも兼務。著書に、『グリーン・ニューディール: 世界を動かすガバニング・アジェンダ』(岩波新書、2021年)、『脱「原発・温暖化」の経済学 』(共著、中央経済社、2018年)、『クライメート・ジャスティス:温暖化と国際交渉の政治・経済・哲学』(日本評論社、2015年)、『地球温暖化:ほぼすべての質問に答えます!』(岩波書店、2009年)など。

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