ネクストエコノミー — 成長と脱成長の議論はなぜ的外れなのか

COP26の期間中、G20サミットに向かう途中の英国首相ボリス・ジョンソンは、異例のメッセージを発しました。首相は「気候変動への取り組みを正しくおこなわなければ、文明は “ローマ帝国のように” 崩壊する」と警告しました。

彼は「人類、文明、社会は、前に進むだけでなく、後ろにも進むことができて、うまくいかなくなりはじめると、とんでもないスピードでうまくいかなくなる」と述べました。

英国の首相が、文明には成長と崩壊のサイクルがあるという認識を示したことは画期的なことです。しかし、「後戻り」のリスクを高める要因を理解することは、私たちが前進する上で非常に重要です。

文明は歴史上、成長と崩壊を繰り返してきました。今日、現代産業文明の容赦ない拡大は、惑星の重要な境界線を越えつつあり、人類の「安全な活動空間」と呼ばれる場所を危険にさらし、地球規模での崩壊の危機を招いていると、科学者たちは考えています。最悪の場合、気候変動によって、私たちが生きている間に人が住めない惑星になってしまう可能性があると、多くの科学者は警告しています。

二極化と麻痺

この危機に対する反応は2つに分かれています。ひとつは、この危機の原動力が終わりのない経済成長であり、限りある地球上で終わりのない成長をすることは明らかに不可能であるため、この成長形態に終止符を打つほかないというものです。炭素排出量が指数関数的に増加しているのは、物質の消費と生産が指数関数的に増加しているからであり、後者に終止符を打つことによってのみ、前者を解決することができるのです。そのためには、経済を自然の限界に合わせて戻さなければならず、「脱成長(degrowth)」というかたちで、経済を計画的に縮小し、惑星の境界内で安全に運営できるようにすることが求められます。翻って、そのためには繁栄についての概念を大きく変える必要が生じます。

もうひとつは「エコモダニスト(ecomodernist)」と呼ばれるアプローチで、技術革新によって、経済成長を無限に拡大する物質的フットプリント(特に継続的に増加する炭素排出量)から「切り離す(decouple)」ことができると主張しています。つまり、環境悪化を抑えながら経済成長を続けることができるのです。そのためには、テクノロジーを駆使して資源の利用効率を高め、人間の消費や生産が生態系や物質に与える影響を軽減することが重要です。それゆえ、経済成長を続け、技術革新を強化することが解決策となります。そうすることで、産業文明が現在の軌道で拡大を続けながら、物質的集約度を減らし、生態系の問題を解決していくことがほぼ可能になります。

この2つの視点は、今後の課題とそれを克服する方法について、有益な示唆を与えてくれます。しかし、どちらも非常に限定的です。

一方は、私たちの考え方や価値観、社会的・経済的構造を根本的に変える必要性を強調するものです。

もう一方は、科学的革新を応用して、より効果的かつ効率的に問題を解決できる優れた技術を生み出す必要性を強調するものです。

これらの視点はいずれも貴重な真実を提供していますが、どちらも深い欠陥を持っています。つまり、脱成長主義もエコモダニズムも、既存のシステムの中で持続可能性の解決策を考えています。脱成長が、今よりも少なくすることで問題を解決し、持続可能な社会を実現することを提案しているのに対し、エコモダニズムは、今よりも多くすることで問題を解決し、持続可能な社会を実現すると提案しています。これらのアプローチはどちらも間違っています。なぜなら、「今まで通りのやり方では持続できない」ことを認識しておらず、「今までのやり方が根本的に変わりつつある」ことも認識していないのです。

最大の問題は、それぞれが異なる方法で、人類の文明が直面している今この時点の本質を理解していないことです。最終的には、文明の成長と崩壊のライフサイクルが、テクノロジーのディスラプションと社会の変化という複雑なシステムダイナミクスとどのように関連しているかを認識する必要があります。

RethinkX の研究フレームワークと研究結果は、「無限の成長」と「脱成長」という両極を超えた、まったく別の視点を示唆しています。

文明のライフサイクル

RethinkX の共同創設者であるジェームズ・アービブとトニー・セバは、「文明再考(Rethinking Humanity)」において、歴史上、社会がどのように成長し、崩壊してきたかを理解するための強力なフレームワークを確立しました。

このフレームワークでは、過去の文明が限界に直面し、さまざまな要因が複雑に絡み合って崩壊に至ったことを十分に認識しています。過去の文明が、それ以前の文明の限界を超えることができたのは、テクノロジーのディスラプションが重要な要因だったのです。これは、生物物理学的もしくは惑星的な基本的境界がないということではなく、その境界と私たちの関係は、必要なものを生産する上での技術の使い方によって固定されないということです。

「文明再考」の枠組みでは、生産システム(エネルギー、輸送、食料、情報、物質)と組織システム(統治システム、経済、文化、世界観、価値観、その他)の2つの観点から、文明を捉えることができます。

重要な洞察は、文明が崩壊したのは、超えられない自然の限界に遭遇したからだけではなく、生産システムや組織システムを変革して適応できなかったからだということです。チャタル・ヒュユク、シュメール、バビロニア、ローマなどの文明が崩壊したのは、社会を組織し、生産システムが生み出す問題を解決する能力が限界に達したからです。そして、その生産システムを補修したり、既存の組織システムを増強させようとして、崩壊したのです。

過去の文明と同様に、産業文明も寄生的な成長軌道を辿っており、限界に達しつつあります。現在の成長形態がこのまま続けば、私たちの祖先のように崩壊に直面するでしょう。こうした成長形態は、化石燃料の利用と密接に関係しており、化石燃料は世界経済システムの可能性とダイナミクスを定義する上で中心的な役割を果たしてきました。このシステムにおける過去数世紀の飛躍的な経済成長は、地球上での文明の物質的フットプリントの飛躍的な増加と切り離せないものでした。

脱成長?

地球の限界を超え、生物多様性の危機を終わらせ、気候変動を止めるためには、私たちのエコロジカルフットプリントを劇的に削減する必要があることは間違いありません。しかし、現在の産業システムの産業構造のままでは、エコロジカルフットプリントを削減することができないことも明らかです。現在、多くの研究がなされていますが、このシステムの中で、経済成長を物質の生産と消費の増加から「切り離す」ことができたという重大な証拠はほとんどありません

しかし、この2つの壮大な物語はここで挫折します:この苦境は、エネルギー、輸送、食料、情報、材料にまたがる5つの基礎的な生産システムと、その組織システムという、現在の産業文明の抽出構造に組織的に固有のものです。これらのシステムで可能なことの限界とダイナミクスは、これらのシステムに固有のものです。

経済的価値と繁栄に関する私たちの理解は、このパラダイムの枠内で制限されており、経済的価値の増加のほとんどすべてが、なんらかのかたちで物質的な生産や消費の増加として登録されます。

しかし、もし私たちが、地球上のエコロジカルフットプリントの危険な拡大とは本質的に結びつかないかたちの経済的繁栄をつくり出すことができるとしたらどうでしょうか? それはどのようなものでしょうか?

エコロジカルフットプリントを縮小しながら経済的に豊かさを享受することは、ある意味、現在のパラダイムで伝統的に理解されている「経済成長」とは根本的に異なるものであると言えます。これは重要なことです。理論的には、経済的価値を物質的な処理能力とは関係のない別の方法で計算することは十分に考えられます。つまり、これまでとは根本的に異なるものであることを認識しつつ、経済価値の成長という考え方を適用することができるのです。

しかし、脱成長の最大の限界は、気候変動に対する完全な解決策にはならないということでしょう。この点については、同僚のアダム・ドーアが力説しています。彼は、現在のパラダイムの中で経済を劇的に縮小して炭素排出量をゼロにしたとしても、すでに大気中に蓄積されている膨大な量の炭素に対処する必要があると指摘しています。科学者たちは、現在のレベルでは、たとえ地球の気温が1.5℃の上限「安全限界」内に収まる程度まで排出量を抑制できたとしても、実際には危険な気候変動をなくすことはできないと警告しています。例えば、中東や北アフリカの広大な地域では、依然として人が住めない状態が続くでしょう。また、ある未知の時点で、最悪の「ホットハウス・アース(hot house earth)」シナリオを引き起こす自己強化型の増幅フィードバックループに連鎖する可能性のある重要なティッピングポイントを誘発するリスクも依然として存在します。

そのため、気候科学者のティム・ギャレットは、必要な脱炭素化の規模は非常に大きく、気候の破局を避けるためには産業文明のエネルギー消費を「崩壊」させる必要があると述べています。そして、このプロセスは、事実上、経済崩壊という極端なかたちでの「脱成長」を伴うことになります。これは実行可能な解決策とは言えません。

しかし、重要なことは、脱成長のナラティブの中で、技術進歩の重要性が認識されていることです。問題は、この技術革新がシステム的にどのような意味を持つのか、真剣に検討されていないことです。

例えば、ある重要な研究によると、世界のエネルギー消費量が現在の40%に縮小した場合、経済を根本的に再編成すれば、さらに大きな人口である100億人に、清潔な水、衛生、住宅、食料、エネルギー、健康、教育などの面で、きちんとした生活水準を提供することが可能になるそうです。

とはいえ、エネルギー消費量を40%まで削減しても、ギャレットが主張するように、気候変動のリスクを回避するために必要な完全な崩壊にはならず、大気中の炭素を取り除くこともできません。

しかし、注目すべきは、このシナリオは驚異的な技術進歩なしには不可能だということです。この研究では、物質消費を削減するための「需要側の変化」と呼ばれるものに加えて、「このような世界には、すべてのセクターで先進技術を大規模に展開する必要がある」と認めています。

言い換えれば、もっとも楽観的な脱炭素シナリオであっても、技術革新なくして脱炭素はあり得ないということです。なぜなら、重要な技術革新がなければ、実質的に「より少ない資源でより多くのことをおこなう」ことができず、現在よりも少ない資源でより多くの人々に適切な生活水準を提供することができないからです。

しかし、この高度な技術の展開がどのようなものであるかが大きな問題です。そして、従来のほとんどの脱成長ナラティブには、関連する技術のディスラプションによって文明の生産関係に根本的なシステム変革がもたらされ、新たなダイナミクスが生み出されるという点が、完全に欠けています。

エコモダニズム?

このように、技術進歩の必要性から逃れることはできないという基本的な認識は、一見するとエコモダニスト陣営の正当性を証明しているように見えます。高度な技術の「大規模な」展開なしに、「自給自足」経済に純粋に依存していては、すべての人々にきちんとした生活水準を提供することはできません。これは、技術革新が社会の進歩の真の原動力であり、技術革新なしには将来の進歩を成し得ないという考え方を裏付けるものです。

それは、ドーアが指摘したように、技術の向上は、自然との関わり方に関する実践的な知識の向上であり、周囲の状況を変えることで問題を解決することができるからです。豊かさとは、単に「お金」のことではなく、周囲の状況を変えることで問題を解決する能力のことなのです。技術は、そのすべてではありませんが、その中核を成すものです。

しかし、エコモダニストの最大の問題は、脱成長派の多くがそうであるように、このことの本当の意味を理解していないことです。エコモダニストは、経済や技術の進歩を、時間の経過とともに直線的に徐々に向上してきたと大きく捉えています。つまり、技術進歩は経済的繁栄の重要な原動力であるから、技術進歩と経済成長を促進し、問題解決のための新たな資源を生み出すことで、すべての問題を解決することができると考えているのです。問題は、これが、現在の産業文明がすでにおこなっていることを、さらにおこなうことになるということです。これでは、最悪の場合、ビル・ゲイツの気候変動対策モデルのように、すでに存在するシステムをいかに強化し続けるかに焦点が当てられてしまいます。

このように、例えば「エコモダニズム宣言」では、次のように述べられています。

人間の多くの活動、特に農業、エネルギー採掘、林業、居住を強化して、より少ない土地を使用し、自然界への干渉を少なくすることが、人間の発展と環境への影響を切り離すためのカギとなります。

その理由として、マニフェストでは「テクノロジーの発達により、かつて人間の唯一の糧となっていた多くの生態系への依存度が低下したから」と述べています。

しかし、マニフェストは、今日の産業文明に関連したこれらの活動が、前例のないほど物質の採取形態を加速・強化し、何百万もの種が絶滅の危機に瀕しているという事実を無視しています。そして、その中には潜在的に人類も含まれています。

ここで問題となるのは、エコモダニストが文明の進歩について極めて単純化した理論を提示していることです。そこでは、「技術」は普遍的に良いものとして同質的に投影され、その負の影響は単に否定されます。その結果、エネルギー、農業、インフラなど、産業文明の既存の技術は、これ以上改善できず、実際には限界に達していることを完全に把握できていません。それらをさらに「強化」しようとしても、この苦境を悪化させるだけです(例えば、化石燃料に炭素回収・貯留を適用したり、原子力をいじったり、既存のガスインフラに水素を追加したり、より良い肥料で工業的農業を改善したり、炭酸カルシウムの粉塵を大気中に散布して地球温暖化の影響を相殺したりすることを考えてみて下さい)。

エコモダニズムは、いつも通りに産業時代の搾取モードを続けようとしても、既存のシステムの中で直線的な進行を続けることが不可能であることを認識していません。その結果、崩壊の警告信号を理解することができず、既存のシステムを維持するために、より複雑で高価な、しかし効果のない「応急処置」を施すというサイクルに私たちを閉じ込めてしまうのです。

お互いに過去を語っている

この2つのナラティブは、大局を見ない無益なイデオロギー論争に終始しています。一方のナラティブは、崩壊のリスクを認識しながらも、ある意味でそれに屈しており、もう一方のナラティブは、そのようなリスクは全く存在しないかのように装っています。

一方は、「いつも通り(business-as-usual)」に完全な終止符を打つことを要求し、その正反対、つまり、永続的な成長ではなく、私たちは脱成長に回帰しなければならないと主張します。

もう一方は、「過去にこのようにして問題を解決したのだから、これからもそうしなければならない」という「いつも通り」の強化を求めるものです。

皮肉なことに、どちらも答えを過去に求めるばかりで、現在のユニークなシステムダイナミクスを見落としています。そのため、どちらも古い既存のパラダイムの中に取り返しのつかない状態で、二極化しているのです。

結局のところ、地球の限界を超えるような物質的な永久成長は、環境問題の主な原因であると考えられがちですが、私たちの経済的・物質的なシステム構成のあり方、それ自体が症状のより深い原因であると言えます。このような捕食的な成長を止めようとする一方で、こうしたシステムを維持することはできません。私たちは、指数関数的に増加するエコロジカルフットプリントの原因となっている、私たちのシステムの本質を理解し、そのシステムを変革しなければなりません。

その答えは、経済的な変革だけでもなく、技術的なディスラプションだけでもなく、両方を同時におこなうことです。

このことを本当に認識すると、従来の経済指標の枠組みでは簡単に分類・定義できない、私たちが慣れ親しんでいる経済力学を超えた、全く新しいシステムの可能性の空間が開かれていることに気づくでしょう。

ディスラプションとシステム

過去も現在も、文明の発展において技術のディスラプションがどのような役割を果たしているかを調べてみると、ディスラプションは単に1対1の代替ではなく、ある技術が他の技術を駆逐してしまうことがわかります。

ディスラプションは、生産システムの一部の動作を完全に変えてしまうフェーズチェンジを伴います。そして、ディスラプションが他のセクターにも波及することもあります。実際、生産部門の技術ディスラプションは、経済活動の構造を一変させるほど重要なものになることがあります。

例えば、アービブとセバが「文明再考(Rethinking Humanity)」で示しているように、15世紀に発明された印刷機は、情報のディスラプションでしたが、動物の皮でつくられた写本に手作業で文字を書く方法を少しずつ改善しただけではありませんでした。大量のテキストを10倍安価に紙に迅速かつ自動的に印刷できるようになったことで、写本産業が崩壊しただけでなく、情報の所有、生産、流通における根本的な変革への道が開かれ、ヨーロッパにおける教会の文化的支配を打ち破り、他の社会的、政治的変革と相まって、啓蒙主義や科学革命の思想への道が開かれたのです。

このような情報分野のディスラプションは、より広い経済構造に変革をもたらしました。教会が情報を所有・管理していた中世の独占体制を覆し、情報の生産を新興の商人階級に分散させ、伝統的・封建的な財産所有の形態に挑戦し、それを弱めたのです。

同様に、自動車は単に馬を速くしただけではありません。都市の設計、食料や衣服の生産・流通方法、戦争のやり方など、あらゆるものに根本的な変革をもたらす輸送システムのフェーズチェンジでした。そしてもちろん、炭素汚染という負の影響ももたらしました。

生産部門レベルでの技術ディスラプションは、言い換えれば、セクターレベルで生産システム全体を規定するルールを変えることになります。そして、それがどのように展開するかによって、他のセクターの変化を先導し、社会全体の変化を推進することができるのです。

もっとも重要なことは、これらはゆっくりとした漸進的な変化ではないということです。これは、指数関数的な性能向上とコスト削減により、新技術が経済的に優位に立ち、既存の技術を凌駕することで、破壊が急速に起こるということです。

今日のディスラプション

今日、RethinkX の調査によると、文明を定義する既存の産業は、その基盤となる5つの分野のひとつひとつで起きている、重なり合い、相互に関連する一連の技術的なディスラプションによって、根底から覆されています。脱成長主義やエコモダニストのシナリオは、この現実を把握していません。

情報分野では、インターネットやスマートフォンの登場により、従来のマスメディアの中央集権的なモデルが破壊されているだけでなく、他の分野にも波及しています。新しい情報ビジネスモデルの創出により、ケータリングやレストラン業界が破壊され、ライドヘイリングの台頭により、タクシー業界が破壊されています。また、リチウムイオン電池の普及により、電気自動車(EV)の電池コストが下がり、輸送手段がさらに変化し、従来エネルギーに対する需要もさらに変化しています。

このように、情報のディスラプションは、輸送分野のディスラプションを引き起こし、加速させました。電気自動車のコストが下がり、ライドヘイリングが内燃機関(ICE)車の個人所有よりも安くなることも視野に入ってきました。また、情報技術の向上により、自律走行技術に大きなチャンスが生まれ、自動運転車の実現が間近に迫っています。この組み合わせは、輸送のサービス化が10倍安くなることで、ICE車の個人所有を完全に破壊するでしょう。

電池のコストが低下していることは、エネルギー分野にも大きな影響を与えており、太陽光・風力・蓄電池の組み合わせによるディスラプションが生じています。太陽光や風力を電気に変換して蓄える能力がどんどん向上しているだけでなく、コストも低下しているため、世界のほとんどの地域でもっとも安価な電源種となっています。また、今後10年以内に10倍のコスト削減が可能になると言われています。

情報のディスラプションが物質に及ぼす影響は、3Dプリント、ナノテクノロジー、精密生物学の発展を促しました。それが今、食品分野に影響を与えています。情報の進化により、物質をこれまで以上に小さなスケールで操作できるようになり、特にタンパク質を好きなように醸造したりプログラムしたりできるようになりました。これらの技術、すなわち、動物を殺さずに本物の動物性肉製品をつくることができる精密発酵(PF, Precision Fermentation)や細胞農業(CA, Cellular Agriculture)のコストは劇的に低下しており、PFは約10〜15年以内に畜産業よりも10倍コストが安くなると言われています。

テクノロジーディスラプションの歴史を振り返ると、新技術が既存勢力よりも10倍安くなった時点で、既存勢力は太刀打ちできなくなり、一掃されてしまいます。新技術の受容は、最初はゆっくりとはじまり、「S字カーブ」にそって指数関数的に加速し、大量受容に達すると減速します。これは、長期にわたって直線的に増えるのではなく、急速に、多くの場合、わずか10~15年の間に起こります。

ディスラプションのダイナミクスと現在のディスラプションの本質を研究することで、次のようなことがわかってきました。それは、現在の産業パラダイムの中で「いつも通り」のビジネスの継続ではないということです。それどころか、逆にテクノロジーディスラプションがパラダイムを破壊し、産業文明の基盤となるあらゆる分野に影響を与えているのです。

このようなテクノロジーディスラプションの結果、炭素排出量の90%を占める従来の炭素集約型のエネルギー、食品、輸送の各産業が、経済的要因によって今後20年以内に競争に負けてしまうことがすでに明らかになっています。

これらのディスラプションは、文明の基盤となるあらゆる生産部門に及んでいるため、文明の生産システム全体が変容の途上にあることを意味しています。

エコモダニストが提唱するように、既存の産業活動を強化して問題を解決しようとしても、うまくいくはずがありません。なぜなら、これらの絶望的な産業は、すでに収穫逓減の悪循環に陥っているからです。このようなことを繰り返していると、より多くの社会が崩壊の道を辿ることになります。

しかし、持続不可能な物質的永久成長への道をつくっているのはこれらのシステムなので、現存する産業技術と関連する生産システムの枠組みの中で物質的フットプリントを縮小しようとしても、うまくいきません。私たちはこうした搾取型の生産システムを変革しなければなりません。そして、そのもっとも効率的な方法は、もっとも変革的な意味を持つ、現在進行中の技術ディスラプションを加速させることです。

「いつも通り」を終え、新しいことをする時です

したがって、当面の技術進歩は、既存の工業化時代の経済を直線的に継続させるものではありません。しかし、後者の崩壊が避けられないからといって、進歩が否定されるわけではありません。それは、私たちがこの経済を超越して、まったく新しい生産システムに移行しはじめることを意味します。

つまり、私たちは、炭素集約型の古い産業システムの衰退と、エネルギー、輸送、食料、情報、材料のディスラプションによって引き起こされる新しいポストカーボンシステムの成長という、2つの同時進行の間に立っているのです。

私たちは、エコロジカルフットプリントを指数関数的に拡大する経済力学を伴う既存の化石燃料システムを急速に脱却し、排除する必要があります。そして、新しいポストカーボンシステムの成長を加速し、惑星の境界内で動作するように設計する必要があります。

同時に、この変革の最中に、人々を保護し、古い瀕死のシステムから新しい新興のシステムへと移行させる必要があります。そしてもっとも重要なことは、既存産業の衰退を直接利用して、新しい産業の成長を維持することができるということです。従来のエネルギー、輸送、食品産業に閉じ込められていた材料、資源、資本を、ディスラプティブなエネルギー、輸送、食品技術の新しい展開に振り向けることができるのです。既存の産業に縛られた資産はすでに座礁しているため、経済的にも非常に意味のある道筋です。

この時点で何が起こるかは定まっておらず、社会の選択に左右されます。しかし、これは過去の直線的な延長線上にあるものではなく、産業システムとは根本的に異なるダイナミクスを持つ、新しい文明のための新しいライフサイクルなのです。したがって、私たちは、すぐには馴染みのない経済的繁栄の形態の可能性を認識する必要があります。それは、既存の成長と脱成長の分類を覆す可能性が高く、まったく異なる経済システムの出現を伴うからです。

もっとも重要なことは、私たちの研究によって、2つの可能性が開かれることです。

第一に、これらの同時多発的なディスラプティブの連鎖的ダイナミクスは、産業文明のマテリアルフットプリントの大幅な後退を直ちに伴います。エネルギー、輸送、食料の分野で炭素集約型の産業が崩壊すると、世界的な物流・輸送に対する膨大な需要がなくなり、何十億ヘクタールもの土地が解放され、が再生し、大気汚染もなくなります。正しい選択をすれば、このような技術ディスラプションによって実現される新しいエネルギー、輸送、食料システムは、当初は人類文明の物質集約度の純減につながるでしょう。

しかし、これははじまりに過ぎない

第二に、新しいエネルギー、輸送、食料システムの初期展開には、滅びゆく産業経済システムの材料や資本を動員する必要がありますが、いったん確立されれば、古い中央集権的なエネルギーシステムのような供給ショックや価格変動に悩まされることはありません。それどころか、データによれば、最適な配置をおこなえば、化石燃料システムの少なくとも3倍のエネルギーを、1年のほとんどの期間、ほぼゼロの限界費用で生成することができ、10倍のエネルギーを生成する[翻訳註]可能性もあると言われています。

[翻訳註] ナフィーズ・アーメド「資源不足の時代を終わらせるために Part 2 – 想像を絶するクリーンエネルギーの豊かさを手に入れる」Energy Democracy 2021年12月3日.

これにより、鉱業から製造業、循環型経済のリサイクルから廃水処理まで、さまざまなサービスの電化が可能になり、今後は太陽と風の力を利用してシステムをクリーンに維持・管理・運営できるようになります。

既存のストックを維持するためのすべての材料の流れが、地球規模での太陽光・風力・蓄電池システムという新しいクリーンエネルギーシステムによって維持されるように切り替わると、前例のない可能性の空間が現れます。つまり、惑星の境界を破ることなくクリーンエネルギーシステムを維持し、さらに拡大することができるようになり、材料の処理能力のさらなる向上は、もはや化石燃料の採掘限界に依存しなくなります。それに代わって、新しいクリーンエネルギーシステムの中で、惑星の境界を不安定にすることなく、物質の処理能力を維持し続けることができます。つまり、理論的には、生態系にダメージを与えないように設計されている限り、クリーンエネルギーシステムによって維持されながら、物質の集約度を劇的に増加させることができるのです。このことは、デカップリングが可能であることを示唆していますが、それは新しいシステムにおいてのみです。

ディスラプションによって広大な土地が解放され、クリーンエネルギーと自律的な機械労働が10倍に進化することで、化石燃料システムでは自然的にも技術的にも実現不可能だった炭素抽出方法が、安価で実現可能になり、土地、空気、水の再野生化と生態系の再生のための前例のない機会が開かれます。繰り返しになりますが、これらの技術は、現在のパラダイムの経済学では実現不可能です。それらは、現在の5つの主要な技術ディスラプションに伴う生産システムの変革の結果としてのみ実現可能であり、社会の選択に基づいてのみ実行可能となります。

もちろん、これらの可能性は自動的に起こるものではありません。地球を守ることに真の価値を置くという新たな価値観に基づいて、責任を持って採掘やリサイクルをおこない、すべての生物種の環境を改善するかたちで地球の再生に投資するという道を選ぶ必要があります。そして、この道を選べば、経済的にも生態的にも活気に満ちた新しいかたちの繁栄が可能になるでしょう。

もちろん、そうすることは同時に生き残りの問題でもあります。なぜなら、もし私たちがこの変革を受け入れようとせず、既存の産業やシステムを延命させたり、これらのシステム内での物質的なフットプリントを減らそうとすることでディスラプションを遅らせれば、既存の産業やシステム、それに関連する文明は、私たちが新しいシステムに移行する前に崩壊してしまう可能性があるからです。

正しい選択をすれば、ポストカーボン時代の新しいシステムの中で、地球に負担をかけずに経済的価値を生み出す、とてつもなく新しい方法が生まれるでしょう。実際、こうした技術を活用すれば、電力、食料、モビリティ、教育、インフラなどの高度な手段を既存システムの10分の1のコストで提供し、すべての人々を包み込むような経済的繁栄を実現できる可能性が見えてきます。

しかし、このような可能性を実現し、最適化するためには、文明の組織体系を根本的に変革する必要があります。例えば、既存の中央集権的なエネルギー事業の独占を打破し、電力を所有したり取引したりする個人の所有権を新たに創出する必要があります。また、知的財産権を開放して、グローバルにデザインし、ローカルに実装できるオープンソースシステムを促進する必要があります。これらはほんの一例に過ぎません。このような変革は、中央集権的な所有構造から分散型の所有構造への移行をもたらし、人々自身がエネルギーや食料の生産者となることを可能にします。これは、既存の経済イデオロギーに単純に還元することができない、労働と資本の関係の完全な変化を伴う、経済生産の所有権構造そのものの変革を意味します。

ネクストエコノミー(The Next Economy)とは、既存の経済概念では簡単に理解できないものです。それは、トップダウンの階層構造ではなく、個人の起業家精神、集団的なデザインプロセス、参加型の相互接続ネットワークでの共有流通プロトコルを伴うものです。それは、エコロジカルフットプリントを減少させつつ、重要な物質的ニーズを満たす能力と効率の拡大という意味での物質的繁栄を増加させる、経済的繁栄の形態を伴うものです。これには、システムの存続を可能にする物質的な入出力ストックを普及させ、維持することが含まれます。このストックによってクリーンエネルギーを利用する能力が高まり、そのおかげで、初めて惑星の境界内で成長することができるようになります。

つまり、技術的に進歩し、経済的に繁栄したエコロジー文明の可能性が私たちの目の前にあるのです。このような可能性を理解した上で、従来の産業経済のパラダイムを全面的に見直す必要性を認識することができます。このパラダイムは、従来のツールや考え方、信念、価値観では定義することも、制約することも、理解することもできない、新しい可能性の空間を受け入れるものです。

この先の道のりは単純で簡単なものではありませんが、この未来に踏み出すためには、まずその可能性に目を向けなければなりません。今後数十年の間に、私たちはこれまでとは異なる全く新しい経済のパラダイムに足を踏み入れる機会を得ました。このパラダイムは、私たちのすべての生活を豊かにし、地球を再生するものです。

著者:ナフィーズ・アーメド(Nafeez Ahmed)RethinkX 編集者

元記事:RethinkDisruption “The Next Economy: Why the growth and degrowth debate misses the point November 10, 2021. RethinkX の許可のもと、ISEPによる翻訳